アバヤの審査と前菜
協会長が食事をしながら面接をしているのは四名なのだが、確かに一人が緊張で黙り込んでいる。もう一人は協会長に対して、脇目も振らずに熱心に自己アピールを続けていた。
ゴパルが小首をかしげて、小声でアバヤ医師に聞く。
「よくある風景だと思うのですが。減点ですか?」
アバヤ医師が細い一本眉の両端を上下させて、口元を緩めた。
「うむ。そうだな、簡単に審査項目を教えてやろう。まず店内へ入った際に、他の客に配慮しているかどうか。面接仲間に道や席を譲っているかどうか。そして、給仕達に敬意を払っているかどうか、だな」
ゴパルが目を点にした。
「え? 入店する時から審査しているのですか」
アバヤ医師が呆れた表情になった。
「当然だろ。ちなみに、他の客というのはワシの事だ。ワシの気に障る言動をした者は減点対象だよ」
今度はゴパルが呆れた。
「何という審査をするんですか。それって初見殺しですよ」
アバヤ医師が心底愉快そうに笑った。
「結構、結構。他にも審査項目があるぞ。誰に対しても目を見て話しているかとか、イライラしたりオドオドしたりしていないかとか、ラビン協会長や給仕と交わした会話の内容とかな」
いちいちゴパルの心に刺さる審査項目のようだ。ゴパルがビクビクし始めた。
そんな様子を見て楽しみながら、アバヤ医師が話を続けた。
「ホテル業は客商売だ。例え植木の手入れ役であっても、客に対して真摯である必要があるものだよ」
レカやラジェシュのように挙動不審な仕草をしているゴパルに、クシュ教授がニコニコしながら話しかけてきた。彼もアバヤ医師の考えに同調しているようで、今は表情が二人とも何となく似ている。
「ゴパル助手。給仕への態度だが、インド圏では一般に料理人の地位は低いだろ。給仕を見下した態度のままでホテル協会に入社すると、火種の元にしかならないよ」
ゴパルがようやく平常の仕草に戻って、真面目に話を聞き入る。
「確かに、ここでの主役は料理人と給仕ですよね」
クシュ教授が淡々とした口調になりながら話を続けた。
「新入社員への研修も行うのだろうが、人の性格は簡単には変わらないものだ。縁が無かったとして、あきらめてもらう他あるまいよ」
そのような雑談をしていると、給仕長がバクタプール酒造産の発泡ワインを持ってきた。小瓶サイズだ。それを抜栓し、小さなシャンパングラスに注いで、それを三人の手元に置いた。ゴパルのテーブルを担当する給仕が、パンとバター、それに前菜を持ってくる。給仕長が発泡ワインに栓をして、氷水が入った容器に入れた。
「皆さんで一杯ずつ飲める程度残っています。前菜は西洋ネギのチーズパイです。ネギもチーズもポカラ産ですよ」
ゴパルが首をかしげた。
「ん? カルパナさんの畑では西洋ネギは見かけませんでしたよ」
給仕長が穏やかに微笑んだ。
「ナウダンダで少量だけ栽培しています。ですが、年間を通じて栽培できませんので、これは冷凍保存したネギですね。ポカラ工業大学が関わって、細胞を冷凍で破壊しないような凍結技術が使われています。その試作機の冷凍庫を使って保存していますよ」
ゴパルが目を点にした。
「本当ですか。凄いな」
クシュ教授が軽いジト目になってゴパルを見据えた。ついでに小さくため息もついている。
「おいおい……君は現地担当者ではないのかね?」
途端にシュンと縮こまるゴパルであった。
「すいません」
アバヤ医師がチーズパイを食べながらニヤニヤしている。
「ほら、落ち込んでいる暇は無いぞ。チーズパイが冷めてしまうからな」
クシュ教授もゴパルいじめを止めて食べ始めた。半分白い麻呂型の眉がピョコンと跳ね上がる。
「ほう。これはなかなか。熱々で良いですな。発泡ワインとも相性が良さそうだ」
ゴパルも続いて食べ始めて、あっという間に幸せそうな表情になった。
「うわ。パイ生地がサクサクですね。発泡ワインのツマミに良く合ってると思います」
しかし三人とも、その発泡ワインについての感想は一言も無かった。給仕長がやって来て、アバヤ医師に聞く。
「発泡ワインを続けますか? それとも次の白ワインを用意しましょうか」
アバヤ医師が素直に答えた。
「次はアメリケーヌソースだからな。白ワインを用意してくれ、ギリラズ給仕長さん」
「かしこまりました」
結局、発泡ワインはそのままにして、白ワインを抜栓する事になった。アバヤ医師に勧められて味見を済ませたクシュ教授が、ニッコリと笑って給仕長にうなずいた。
「首都からポカラまで結構あるのに、良い状態を保っていますね。これでお願いします」
給仕長が三人に白ワインを注いでいくのを見ていたゴパルが、カルパナのテーブルに目を向けた。インドからの参加者はワインではなく紅茶を飲んでいた。
(あっ、紅茶でも良かったのか。イスラム教徒じゃなさそうだから、ヒンズー教徒の清浄階級の人かな)
続いて、カルパナと目が合った。無言で何か信号を送ってきている。顔色もなんとなく青い。
(救難信号を出しているような気がする……がんばれカルパナさん)




