ラ・メール・サビーナ
食事会はサビーナの経営するホテル内レストランの『ラ・メール・サビーナ』で行われた。
客はカルパナが連れてきた有機農業団体の四人と、ラビン協会長が連れてきた社員採用面接中のネパール人四人、それにゴパルとクシュ教授、それにアバヤ医師だった。他にもホテルの宿泊客らしき欧米人の客が数名居て、食事を楽しんでいるのが見える。
ギリラズ給仕長の案内によって、ゴパルとクシュ教授、それにアバヤ医師は同じテーブルに案内された。カルパナ組とラビン協会長組も、それぞれ一つずつのテーブルについた。ゴパルが協会長と一緒に居るネパール人四人を見て、小声でアバヤ医師に聞いてみる。
「彼らが、採用面接中なのですね。スーツ姿がサマになっているじゃないですか」
給仕が早速ゴパルのテーブルに来た。
「いらっしゃいませ。ご注文を承ります。まずは、お水ですがどういたしましょうか」
アバヤ医師がにこやかに笑って答えた。
「今日はあまりお金が無いから、水は普通の自然水でいいよ。ちょいと冷えていると助かる」
クシュ教授も同意した。
「そうだね。僕も同じにしよう。飛行機に乗って金欠なものでね。ゴパル君はどうするかい?」
ゴパルがジト目になった。
「知っているでしょ。私も自然水でお願いします」
給仕が穏やかな笑顔で答えた。
「かしこまりました。料理の注文で何か質問はありますか?」
給仕の視線がゴパルに向けられていたので、メニュー表をざっと眺めてみる。みるみるうちに、困ったような表情になった。
「ええと……質問は、同席している二人に聞きます」
給仕が一歩下がって会釈をした。
「私にも気軽に尋ねてくださいね。それでは、料理の注文が決まりましたら給仕長が伺います」
優雅に厨房の方へ戻っていく給仕の後ろ姿を見つめたゴパルが、冷や汗をかいてアバヤ医師に顔を向けた。口がパクパクしている。
「こ、これがレストランの雰囲気なんですか? アバヤ先生。前回来た時と全然違うんですがっ」
クシュ教授とアバヤ医師が、笑いを堪えながら顔を見交わした。そして、二人同時にゴパルに顔を向けた。
「こういう感じだよ、ゴパル助手。面食らったかね? というか、前回とか言ったな。この店は初めてじゃないのだね、そうかそうか」
アバヤ医師もニッコリと笑って、大いに口元を緩めた。
「愉快な時を楽しめそうだな」
結局、料理とワインの注文はアバヤ医師に任せるゴパルとクシュ教授であった。
給仕長がやって来て注文を受けているのだが、穏やかに微笑みながらアバヤ医師の言葉を聞いている。彼の服装は黒のベスト、ジャケットに黒のネクタイだ。黒色のトピも被っている。一方の給仕達の服装は、蝶ネクタイと白の長袖シャツという軽装だ。
「前菜に西洋ネギのチーズパイ、魚料理はコイのムースのアメリケーヌソース、肉料理は子羊フィレ肉のパイ包みですね。かしこまりました。ワインは何にいたしますか?」
アバヤ医師がゴパルにチラリと視線を流してから、給仕長に告げた。
「もちろん、バクタプール酒造の赤と白にするよ。確か、発泡ワインも作っていたよな。だったらソレを食前酒にしよう」
クシュ教授が軽く肩をすくめて目元を緩めた。
「無理しなくても構いませんよ。アバヤ先生の好みに従ってください。高いワインは無理ですけれどね」
ゴパルも同じ事を言おうとしたが、先にアバヤ医師に制されてしまった。アバヤ医師がニコニコしながら話を続ける。
「チーズパイとコイ料理に、子羊のパイ包みですからな。高級ワインよりも居酒屋ワインの方が相性が良いのですよ。何よりも、今は面接を観察するという仕事中ですからね。酒は控えないと」
ゴパルが内心で苦笑した。
(だったら、ワインではなくて紅茶やコーヒーにすれば良いのでは?)
実際、西洋ネギのチーズパイであれば軽めの白ワインで十分だろう。コイのアメリケーヌソースには、ムルソーのようなワインで。子羊のパイ包み焼きであれば、ボルドーのメドックで風味が柔らかいワインが適している。
今回は料理ごとにワインを変える事はしないので、バクタプール酒造産の赤白にしている。
ワインの注文を受けた給仕長に、ゴパルが聞いた。
「ギリラズ給仕長さん。レカさんの姿が見当たりませんが、何かありましたか?」
給仕長が少し残念そうな表情で答えた。
「最近冷えてきたので、風邪をひいてしまったそうですよ。ゴパル先生の風邪がうつった訳ではないので、ご安心ください」
ABCで風邪をひいて寝込んだ事が、こんな所にまで知れ渡っているので驚いているゴパルだ。給仕長が少し付け加えて話した。
「レカさんの風邪は軽いそうです。夕方からでしたら外出できるそうですが、レストランのディナー予約が今日も満席でして。この昼食会を夕食会に変更できませんでした」
ゴパルが同情しながら少し考えて、自身のスマホを出した。
「でしたら、せめて料理の写真くらいは撮っておきましょうか。フラッシュは使いませんので、撮影しても構いませんか?」
給仕長が穏やかな笑顔で了解した。
「はい。こっそりとでしたら大丈夫ですよ。あの客のような行動さえとらなければ、問題ありません」
そう言って、給仕長が視線をカルパナ達のテーブルに向けた。タイからの参加者が、自撮り棒を使って盛んに食事会の様子を撮影している。窓からはアンナプルナ連峰とフェワ湖とが望めるので、窓に小走りで駆け寄って自撮りしてもいた。
アバヤ医師がジト目になって一本眉をひそめた。
「浮かれるのは理解できるが、商談相手としては失格だな」
給仕長も静かに同意している。
「そうですね。彼との取引契約はこれで消滅でしょう。では、シェフに注文を伝えに参ります」
給仕長が優雅な足取りで去った後で、ゴパルが戦々恐々の表情になってアバヤ医師に告げた。
「これが食事会ですか……怖いですね。行動一つで契約が取り消しになるとか、怖すぎです」
アバヤ医師が愉快そうにくっくっくと笑いながら、給仕達の行動を見つめた。今はラビン協会長のテーブルで、給仕長が注文を受けている。ここは料理を予約していたようで、一言二言のやり取りで済んだようだ。
「食事というのは原始的で本能的な行為なのでな。その人の人生や性格、それに価値観も表に現れてくるものだよ。共に食事をすると、そういう面を知る機会が得られて面白いのさ」
ゴパルがジト目になって答えた。
「相変わらず、性格が悪いですね」
アバヤ医師が愉快そうに低く笑った。
給仕長は今はカルパナのテーブルに居て、注文を確認していた。彼女達も前もって料理を予約していたようで、確認するだけで済んだようだ。その様子を見てから、アバヤ医師が再び視線を協会長のテーブルへ向けた。
「褒め言葉として受け取っておこう。さて、仕事でもするか。早くも半数の面接者が減点だな」




