交流会
おかげで、クシュ教授とゴパルがロビーに戻って会議室へ入った時には、既に交流会が始まっていた。会議室はそれほど大きくなく、交流会の参加者も四名だけだった。
(少人数の割には、色々な国から来ていそうだな。あの人達は顔つきから見て、東南アジアから来たのかな?)
会議で使われている言語は英語で、皆、お国訛りの英語で談笑している。
カルパナもブータンからとおぼしき男の参加者と談笑していた。ブータン人は公の場では民族衣装を着るのが決まりなのだが、この交流会では普通のシャツにジーンズだ。
クシュ教授が意外そうな表情で、隣のゴパルに話しかけた。
「学会とは違うのだね。まさしく交流会なのか」
ゴパルも素直に同意した。
「そのようですね、クシュ教授。懇親会に近いのかな。それにしては、皆さん和気あいあいとしていますね。怒号や口論も起きていません」
学会の懇親会では学者どうしの対面になるので、必然的に論文や主張を巡っての口論や貶しあいになりやすい。そこかしこで『悪魔の議論』が勃発するのが懇親会だ。このような、平和な談笑が交わされる雰囲気ではない。
ちょうど給仕長が果物ジュースや炭酸飲料をグラスに注いで持ってきたので、それを受け取った。
「ギリラズ給仕長さん。皆さん紳士的ですね。有機農業団体の交流会は、いつもこのような感じなのですか?」
給仕長が穏やかに微笑んだ。
「そうですね。有機農業を実践する人自体が少数派ですから。結束はかなり高いと思いますよ。一種の秘密結社のような感じかと」
クシュ教授が頬を緩ませた。
「なるほど、秘密結社かね。まあ、学会によってはそんな秘密結社化した所もあるが……ここは和やかで良い感じだな。論文の叩き上げには不都合だが」
そして、ゴパルに黒い瞳を向けた。
「こういった交流会も、なかなか良いものだな」
ゴパルもしみじみ同意している。彼の場合、殺伐とした学会の雰囲気はどうも苦手のようだ。
「はい、教授」
給仕長や協会長の仕事の合間にゴパルが聞いた所によると、今回の交流会参加者は本当に様々な国から来ている事が分かった。インド、スリランカ、ブータンから一名ずつ。それにタイからも一人来ていた。
クシュ教授が興味を抱いたようだ。大きめの黒い瞳がキラキラし始めた。
「ほう、スリランカからも来ているのかね。こういう団体があるとは知らなかったな」
協会長が軽く肩をすくめた。
「実態は、普通の観光ですけれどね。今回と次回はポカラで開催して、来年はスリランカのベントタにあるリゾートホテルに移ります」
ゴパルもクシュ教授も、ベントタという地名については知らない様子だ。協会長も説明はせずに話を続けた。
「参加者の方々は有機農業を長年続けています。こういった交流会で情報交換をするそうですよ。カルパナさんの農業の先生という感じでしょうか」
ゴパルも、そんな事をカルパナが話していたなあ……と思い出した。米国の団体長のジェシカさんだけが先生ではなかったようだ。参加者は英語で会話しているので、ゴパルの耳にも話の断片が入ってくる。そこで気になった点を、協会長に聞いてみた。
「ラビン協会長さん。ただの技術交流会だけでは無さそうですね。商談も混じっているような気がします」
協会長が素直にうなずいた。
「はい。有機農産物の流通は、まだまだ細々としたものですから。生産者が直接売り込みをかける事も多いですね。今はネットが発達していますし。ですが、やはり直接会って商談したいという人が多いですね」
「なるほど」
素直に納得するゴパルとクシュ教授だ。先ほどから、タイからの参加者が積極的に動いている理由が理解できたようだ。彼らは農家という風貌ではなかった。輸入代理店を営んでいるのだろう。
協会長も穏やかに微笑んだ。
「ポカラのホテル協会も、この交流会を通じて有機食材を輸入していますよ。特に南インドやスリランカとの取引が多いですね」
そして、今度は反対に協会長がゴパルとクシュ教授に聞いた。
「参加者との懇談や商談に加わっても構いませんよ」
クシュ教授がテカテカ光る頭をペチペチ叩きながら苦笑した。
「有機農業には詳しくないのでね。でもまあ、後でスリランカからの参加者には会っておきますよ」
ゴパルも同じような仕草で頭をかいている。
「こんな和やかな交流会に、まだ面食らっていまして……ははは」
会議室での交流会は、いったん終了となった。続いて、カルパナが参加者に英語で予定を告げている。思ったよりもインド訛りのない英語なので感心して聞くゴパルだ。
「私の英語よりも上手だなあ。ジェシカさんの英語ともちょっと違うような」
クシュ教授は早速スリランカから来た参加者と談笑していた。言葉は英語ではないので多分シンハラ語なのだろう。数字くらいはゴパルでも聞き取れるのだが、それ以外は分からない。
「いつの間に現地語を勉強したんだろう」




