育苗土
育苗土は作物の種子を蒔いて発芽させ、畑に定植するまで育てるために使う土の事だ。
直接畑に種を蒔いても良いのだが、野鳥や虫等に食べられてしまったりしやすい。また、天候によっては雨が降らなくて過剰に畑が乾燥してしまったり、反対に長雨が続いてしまう恐れがある。その場合には、せっかく蒔いた種が発芽しなかったり、発芽しても途中で枯れてしまいがちになる。
それらを未然に防ぎ生育をそろえるために、ハウス等で育苗土を用いて栽培するのである。
しかし、欠点もある。育苗土は普通、底の浅い育苗用のトレイやポット等に詰められる。そのため、発芽した種から生えた根が真っすぐ下に伸びない。トレイやポットの底で、根がグルグルと絡まって団子状態になりがちだ。
植物は根を真っすぐ下に向けて伸ばしたがるので、伸びなくなると生育が鈍ったりしやすくなる。酷い場合には、根が絡まった事が原因で病害虫にかかりやすくやってしまう。
カルパナが事前に準備をしていたので、すぐに倉庫の中で育苗土の仕込みを始めるゴパルだ。
「KLを使った育苗土は、これまでと違って微生物の活性を低くする必要があります。活性が高いと、種を分解してしまう恐れがありますからね。ですので、発酵熟成の期間を三か月間に設定してみました」
カルパナとビシュヌ番頭が顔を見交わした。
「三ヶ月間ですか、ゴパル先生。理由は分かりましたけれど、今回はかなり長いのですね」
カルパナの感想にゴパルが素直に同意した。口調が少し冷静なものに変わっていく。
「KL培養液でも三ヶ月経過すると、微生物の活性がほとんど停止状態になります。糖分等の餌が無くなるためですね。育苗土も、これに準じてみましょう」
材料として使うのは以下の物になる。
容量比で畑の土が八十、土ボカシが十、もみ殻燻炭が十、そして米ぬか嫌気ボカシが一の割合だ。
もみ殻燻炭の簡単な作り方は、米を脱穀した際に生じるもみ殻に火をつけて、それを土で被せて蒸し焼きにする。このままだと炭と灰、土が混じっているので、ふるいにかけて炭だけを選別して完成だ。
カルパナは作り方を知っているようだったので、それを前提にしてゴパルが説明した。
「もみ殻燻炭は強いアルカリ性ですので、水で薄めていないKL培養液に十分間ほど漬け込んでください。これで弱アルカリ性に調整します。KL培養液も弱アルカリ性になってしまいますが、捨てずに育苗土の水分調整に使いましょう」
倉庫の中は今では作業をするには狭くなっていたので、ここでは少量での仕込み方の紹介だけに留めるゴパルだ。床に敷いた青シートの上に材料を全て乗せて、弱アルカリ性になったKL培養液を適当に散布しながら混和していく。
その作業をスマホカメラで撮影しながら、カルパナが質問した。
「ゴパル先生。材料に完熟堆肥を使っても構いませんか? これまでの育苗土では使っていたのですが」
ゴパルが材料を混和し終えて、一息つきながら同意した。
「今までと同じように使ってください。微生物の種類と量は多い方が、良い効果を期待できます」
そして、混ぜ終えた土を手で握って団子にした。
「水分調整ですが、米ぬか嫌気ボカシと同じです。握ると固まり、落とすと崩れる程度の水分量ですね」
最後に土の上に青シートを被せた。
「これはタンクの中で熟成させるのではなく、こうやって空気にある程度さらして熟成させてください。育苗トレイやポットって、底が浅いですからね。似たような環境で熟成させます」
なるほどとうなずいて見ているカルパナとビシュヌ番頭に、ゴパルが話を続けた。
「ですが、空気に触れるので腐敗菌も活性化します。活性化すると発熱してきますので、六十度以上になったら土をかき混ぜて、放熱させて冷やしてください。でないと、せっかく増えた有益な微生物が熱で死んでしまいます。できれば五十度以下が良いんですけど、手間がかなりかかるので六十度にしましょう」
カルパナが腕組みをしながら小首をかしげた。
「その点が、私がしている農法と決定的に違いますね。七十度以上まで上げて、それを一週間くらい維持させてきました。でも、確かにそんなに熱くなるとたくさんの微生物が焼け死んでしまいますよね」
ゴパルが冷静な口調で同意した。
「この農法での微生物は、栄養分や水分を蓄える貯蔵庫としての役割も果たしています。全体の微生物の量を増やすことで、有害な微生物の占める割合を下げるという考え方ですね」
まあ、半分以上はクシュ教授の受け売りなのだが。カルパナが再び小首をかしげて思案し始めた。
「六十度以下を維持となりますと、育苗土を積み上げる厚さを薄くした方が良いでしょうね。厚くなるほど高い熱が出て、長期間続きますから。厚さ三十センチくらいで実験してみましょう」
ゴパルが素直にうなずいた。
「なるほど。では、そのようにお願いします。で、どこで育苗土を本格的に仕込みますか? この倉庫では狭すぎると思います」
カルパナが明るい表情で微笑んだ。
「段々畑にある堆肥作りのハウスを使いましょう。育苗土の仕込みに完熟堆肥も使いますから、同じ場所で作業する方が便利です。必要に応じてハウスの増築もできますし」
ここで仕込んだ育苗土は、後でカルパナが堆肥作りのハウスへ運ぶ事になった。ゴパルが次の項目に話を進める。
「育苗土の品質確認ですが……サラダ菜の種を少量蒔いてみて、発芽不良の有無を調べると分かりやすいと思います。発芽不良が起きた場合には、育苗土を再び発酵させて再処理してください」
カルパナが気楽な表情でうなずいた。知っていた様子だ。
「はい、そうしてみますね。作物に応じて育苗土に必要な土壌養分も異なってきますので、調整してみます」
カルパナによると、本葉が二、三枚生じるまでに葉の形や色を確認するという事だった。葉の色が濃い場合や、本葉に変形が見られた場合には、育苗土の養分が多すぎるらしい。対処としては赤土を足して、育苗土の量を増やす事で養分を薄める。反対に葉の色が薄い場合には、完熟堆肥を追加していたと話してくれた。
「これからは、米ぬか嫌気ボカシや砕いて乾燥させた生ゴミボカシも使えますから、調整がとても楽になりますね。微調整には、生ゴミ液肥や光合成細菌を散布すれば良いですし」
感心して聞くゴパルであった。
「さすが農家ですね。あ、光合成細菌の培養は進んでいますか? すっかり忘れていました。すいません」
カルパナがクスクス笑いながらうなずいた。
「レカちゃんの所で順調に増産していますよ。培養箱も増えて、確か今は十トンくらい仕込んでいるはずです」
ゴパルが頭をかきながらカルパナに頼み込んだ。
「十トン……すいません、カルパナさん。その培養現場まで連れて行ってもらえませんか? クシュ教授に叱られてしまいそうです」
カルパナがスマホを取り出して時刻を確認した。
「明日、お昼前から有機農業団体の南アジア地区の交流会がありまして……その会場の準備と、昼食会の手配をしないといけないのです」
そう言って、少しの間考えた。
「んー……でも、何とかなりそうですね。バイクでさっと行って帰ってきましょう」
ゴパルが両目を閉じた。
「そうだったのですか。では申し訳ないので、私だけで行ってきますよ。タクシーか乗り合いバスが走っているでしょうし」
カルパナが笑顔で拒否した。
「いえ。交流会に来る人達に、有機農業の現場を見てもらう企画があります。パメの畑やチャパコットのハウスを見てもらおうかなと考えていたのですが……レカちゃんの酪農場や紅茶園も候補に入れてみようかなと、今、思いつきました」
笑顔なのだが、これはどうしても行く気だな、と直感したゴパルが素直に折れた。
「分かりました。では、ご厚意に甘えますね。バイクで連れて行ってください」




