ガンドルンへの上り道
男の乗客達が、ブツブツ文句を言いながらも、車から降りた。ゴパルも男達に従って降りる。続いて、若い女や子供も降りて来た。老人だけは車内に残っている。
ゴパルが車体を見て、ジト目になった。
「これは、見事に泥に埋まっているね……」
車は、バンパーの上まで泥に沈んでいた。タイヤも半分ほど泥に埋まっている。
四輪駆動なのに、このザマは何だろう、と肩を落とすゴパルであったが、すぐにレインウェアの裾と袖を確認した。手袋はリュックサックの中なので、今は素手なのだが仕方がない。
すぐに運転手が、車のボンネットの上に飛び乗る。そして、客達に車を引っ張ってもらうための太いロープを、バンパーに取りつけた。
ロープは二本あり、それぞれを男の乗客が持つ。ゴパルはレインウェアを着ているという事で、一番前でロープを引く役になった。後ろの乗客を泥水から守る、簡易な人間の盾である。
運転手がニヤニヤしながら、運転席へ戻ってハンドルに手をかけた。
「それじゃあ、いくぜ!」
おう!
ゴパルを盾にした男達が、一斉に応えて二本のロープを引っ張った。早速、ロープに付いていた泥水と小石が跳ねて、ゴパルに飛んでくる。ゴパルもロープを引いているので、回避できず、立派な盾になった。
車も低速走行で、ゆっくりと前後のタイヤを回していく。泥の下の地面か岩盤を、タイヤが噛んだようだ。滑りながらも、泥沼から脱出していく。
運転手がニヤニヤしながら、ロープを引いている男の乗客達に叫んだ。
「その調子だ! 全力で引っ張れ! 転ぶなよっ」
女の乗客は、お気の毒様……という表情を浮かべて、男達を見物している。子供達は、既に泥まみれになって遊んでいた。車の中に残った老人達は、もう眠っている。
ガリガリッ!
タイヤが地面を噛む音がして、車体が不意にグンっと、泥の中から浮き上がってきた。バンパーが車体の前方に山になって堆積していた泥の塊を、その勢いで吹き飛ばした。当然、盾人間にぶち当たる。
「うげ……!」
ジト目になって閉口するゴパルである。レインウェアが泥パックされてしまった。顔にも泥が付いている。両手も泥だらけだ。
泥は、完全に盾人間だけでは防ぎきれなかったようで、後ろでロープを引いている男達にも飛んでいった。たちまち、罵声が運転手に向けて投げかけられる。当然のように無視する運転手だ。
その尊い犠牲を払ったおかげなのか、車体が泥沼から見事に脱出を果たした。女と子供の客から歓声が上がる。車内で寝ていた老人達も、パッと目を覚ました。
運転手が車から降りた。そのまま、手慣れた手つきで、バンパーに取りつけていた、二本の牽引ロープを回収する。そして、泥を払い落していたゴパルに、ニヤニヤ笑顔を満面に浮かべて手招きした。
「よお、兄さん! ご苦労だったな。泥汚れは、そんなもんで良いぞ。さっさと車に乗ってくれや」
ゴパルが、両手に付いている泥を振り払いながら、上り坂を見上げた。
つづら折りの泥道は、段々畑を切り崩して通っていた。野生イチジクの灌木が茂っているので、ここも耕作放棄地だったのだろう。
雨雲が山を覆っているので、どのくらいの高さがある山なのか分からない。しかし、雨雲の直下辺りに、鉄筋コンクリート造りの建物がいくつか見える。それを指さして、運転手に聞いた。
「運転手さん。あの辺りが終点かい?」
運転手が鷹揚にうなずいた。ようやく泥まみれの子供達が車内へ収まったところだ。次に女の客が乗り込む順番になる。
「そうだ。ガンドルンのバスパークだ」
ゴパルがほっとした表情になった。
「そうですか。それじゃあ、もう間もなく到着ですね」
ところが、運転手はニヤニヤしたままだ。
「だと良いけどな!」
その後、二回、泥の中に埋まって動けなくなる四駆車であった。