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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
肥料も色々あるよね編
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下山

 さすがにマチャキャンプもといMBCまで下りると、皆起き始めていた。朝食を摂っている外国人観光客の姿が何人も見受けられる。民宿の部屋からは何本も白い湯気が立ち上がっていて、早くも喧騒が聞こえ始めていた。

 そんな彼らを横目に、軽快な足取りでMBCを通り過ぎていくゴパルだ。

(チヤ休憩は、いつものヒンクの洞窟にするかな。オヤジさんに、低温蔵完成のパーティに参加してくれた礼を言っておかないとね)


 そのヒンクの洞窟は、既に下山客で賑わっていた。とりあえずオヤジに合掌して挨拶をし、簡単に礼を述べるゴパルだ。オヤジはチヤを客に注いで回りながら、ニコニコして答えた。

「こりゃわざわざ丁寧な事だぼ。チヤ飲んでけらー」

 それ以降はかなり強いチベット訛りになったので、聞き取れなかったゴパルだ。とりあえず、チヤを受け取って代金を支払った。

「では、一杯だけ飲んでいきますね」


 セヌワでは、カルナの叔父ニッキが経営するホテルセヌワに立ち寄った。セヌワの民宿街は、急斜面の大岩の上に数軒ほどまとまって建っている。周囲は細竹が密生している竹やぶだ。

「あ。良い感じの竹やぶだなあ……」

 菌の採集をしに、竹やぶの中へフラフラと入っていったゴパルだった……が、十数歩ほど歩いてから竹やぶの中で我に返った。

「おっと、いけない。ここで道草を食ってしまうと、クシュ教授の出迎えに間に合わなくなるぞ、ゴパル」


 竹やぶの中から道へ戻ったゴパルが、ホテルセヌワを見上げた。白い石造りの二階建てだ。ようやく差し込んできた朝日を浴びて、白く輝いて見える。明るい水色のトタン屋根の上には、太陽光発電パネルと温水器パネルが設置されている。これらもキラキラと輝き始めた。

「よく目立つ民宿だよね。ニッキさん居るかな」

 ニッキは食堂に居て、これまた忙しく食事や酒を客席に運んでいた。しかしすぐにゴパルの姿を見かけて、分厚い手を振ってきた。

「やあ、ゴパル先生。予定通りの時刻だナ。食事にするかい?」

 ゴパルがニッコリと笑って答えた。

「はい。お願いします」


 セヌワは標高が2300メートルあるので、ご飯の代わりにディーロにするゴパルだ。席について、チヤを飲んで食事が来るのを待っている。

「もう1800メートルも下りたのか。結構体も慣れてきた感じかな。疲れてはいるけれど」

 ニッキがニコニコしながら、ゴパルにシコクビエのディーロと地鶏の香辛料煮込みを置いた。他にも大根のアチャールやジャガイモや葉野菜の香辛料煮込みがある。

「そいつは良かったですナ、ゴパル先生。そのうち強力隊みたいに、一日で往復できるようになりますぜ」

 ゴパルが両目を閉じて両手を振った。

「そこまで順応できれば申し分ないのですけれどね。なまくらな体なので、今の状態が限界でしょう。では、いただきますね」

 ニッキが当然のように聞いてきた。

「で、酒は何にするかい?」

「すいません、水でお願いします。今日中にポカラまで着きたいので。酔っぱらってポカラに着くのが遅れると、私の上官に怒られてしまいます」


 セヌワで食事を終えたゴパルが、ジヌーに到着したのは昼過ぎになってからだった。ここでも、もはや定宿となっているジヌー温泉ホテルへ向かう。ホテルという名の民宿の主は、やはり食堂で忙しく働いていた。ゴパルが汗を拭きながら手を振って挨拶する。

「こんにちは、アルジュンさん。ゴパルです。さすがにジヌーまで下りてくると暑いですね」

 アルジュンが酒の入ったガラスコップを客席に届けながら笑顔を向けた。

「おお。ゴパル先生か。思ったよりも早く着いたナ。酒飲んでけ酒。ちょうど今、シコクビエの蒸留酒がチャイ、仕上がったばかりなんだ」

 再び謝って断るゴパルであった。

「すいません。今日中にポカラへ着きたいので、今回は勘弁してください」


 ジヌーでは、カルナが担当しているヒラタケ栽培の様子をスマホカメラで撮影して記録するゴパルだ。案内してくれたのはアルジュンでカルナではなかった。結構酒が回っている様子で、少し千鳥足になっているようだが。

「済まねえな、ゴパル先生。カルナは今、ブトワルまで買い物に行っててナ。留守なんだわ」


 袋を外された菌床が三個、紐で天井から吊り下げられているのを撮影するゴパルだ。前回の小屋と違い、親戚の家の中で栽培を続けている。その家主のグルン族の爺さんと婆さんに、丁寧に合掌して挨拶をした。

「キノコ栽培の協力、ありがとうございます」

 爺さんと婆さんはグルン語訛りのネパール語で返事をしてきたのだが、半分くらいしか理解できない様子のゴパルであった。それでも笑顔でうなずいてから、アルジュンにも礼を述べた。

「私の方こそ、いきなり訪問する事になってすいません。ヒラタケは順調に育っていますね。かまどの近くで栽培するというのは、良い考えだと思いますよ」


 この家のかまどは、レンガと赤土で作られたドーム型のものだ。保温性が良いのでかまどの上には、ヤカンや料理が入った鍋等が置かれている。かまどの上には、干し肉やツルピと呼ばれるサイコロ型の固いチーズが吊されていて、その中に混じるようにヒラタケの菌床が吊るされていた。若干、煙でいぶされて黒っぽくなっているのは仕方が無いだろう。

 一応、指摘をしておくゴパルだ。

「煙には殺菌作用があります。キノコの菌が死んでしまう恐れがあるので、あまり煙には当てないようにしてくださいね」

「あっ。なるほど」

 アルジュンが爺さんと婆さんにグルン語で説明をしてから、菌床を移動した。そして、かまどがある部屋に接している居間を指さしてゴパルに話しかけた。

「温泉の湯でチャイ、床暖房を考えてるんですよ。カルナが買いに行ってるのは、それに必要なパイプっす」

 ゴパルも居間を眺めて納得しかけたのだが、首をかしげた。

「なるほど。ん? でもこの家は温泉よりも高い場所にありますよね。揚水ポンプも設置するのですか?」


 アルジュンがニヤリと笑った。家の爺さんと婆さんにグルン語で礼を述べてから、ゴパルと一緒に家を出て沢の一角を指さす。結構上の方にある沢だ。

「数年前の地震で、新たに温泉が噴いたんですよ。ちょいと不便な場所なんでチャイ、湯船は作れないんですがね。湯の量もそれほど多く出てないんでチャイ、今まで無視されてたんす」

 ゴパルも沢を見上げて納得した。

「なるほど。あの高さでしたら、このジヌーの集落全部をポンプ無しで網羅できますね」

 アルジュンが満足そうにうなずいた。

「でしょ。パイプはABCで氷河の水を引いてるヤツと同じです。断熱性能がチャイ、とんでもなく高いんですよ」

 そういえば、民宿ナングロの水道水は二度ちょっとだったなあ……と思い出す。これも宇宙エレベータ開発で生まれた素材なのだろう。

 温度ついでに、ゴパルがアルジュンに聞いた。

「今は西洋の太陽暦では十二月初旬ですよね。テライ地域では、そろそろ濃霧が発生する季節ではありませんか?」

 アルジュンが困ったような笑顔になった。

「もう霧が出てますよ。カルナは運が悪かったナ」

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