出発
翌日、ルネサンスホテルのミニバスに乗ってナヤプルへ向かうゴパルとラメシュ達であった。他にも欧米人観光客が数名ほど同じミニバスに乗っている。
ナヤプルに到着すると、ゴパルがラメシュ達にジョムソン街道を走る小型四駆便の時刻表を手渡した。そして、停留所の位置を教える。
ちょうどジョムソン街道からナヤプルの町へ下りて分岐する道の辺りだ。
近くに小屋付きの茶店があり、ゴパルがそこのオヤジに手を振って挨拶をした。
「あの茶店の倉庫で荷物を一時預ける事ができるよ。紹介しておこう」
ゴパルが茶店のオヤジにラメシュ達三人を紹介した。そのままチヤ休憩になる。ラメシュがチヤをすすりながら、物珍しそうにキョロキョロして、ゴパルに聞いてきた。
「ゴパルさん。この辺りの建物って面白い構造をしているんですね」
ナヤプルに接するジョムソン街道は、切り立った山の北斜面を削って通っている。そのために、道路の路肩幅は一メートルもない。その先は急斜面の坂だ。
この坂に多くの柱を立てて、茶店が立ち並んでいる。いわば、空中庭園ならぬ空中茶店街と呼べるだろうか。
ゴパルもチヤをすすりながら、眼下に広がるナヤプルの町を見下ろした。モディ川は雨期中と違って、きれいな清流になっている。
対岸に広がる段々畑はすっかり収穫が終わり、今は空き地だ。放牧牛や山羊の群れがのんびりと草を食んでいる。牧童というか農家の子供が家畜の見張り番をしているのだが、彼らも暇そうだ。
「それじゃあ、次に商店街を見て回ろうか。少し値段が高いけれど、ポカラまで行って買い物する事に比べると便利だよ。それを見終わったら、ガンドルン行きのバスパークに案内するよ」
実際ゴパルが言ったように商品の値段は若干高めなのだが、それでも日用品やシャツ等の衣類はそろっていた。ラメシュ達三人も商店街の品ぞろえを確認して、ほっとしているようだ。
「これなら、それほど不自由なく暮らせそうです。ゴパルさん」
ゴパルが軽く腕組みをして口元を緩めた。
「ABCから降りてくるのが大変だけどね。何しろ高低差が3500メートル以上はあるし。では、次にガンドルン行きのバスパークを見に行こう。ミニバスと小型四駆便が通っているよ」
バスパークに歩いて到着すると、近くの居酒屋からディワシュが大声を上げて手を振ってきた。早くも酒を飲んでいる。
「よお、ゴパルの旦那あ! 酒飲んでけ」
ゴパルが合掌して挨拶をしてから、ラメシュ達三人を紹介した。訳も分からず挨拶を交わすラメシュ達だ。
ディワシュが鶏チリを頬ばりながら、シコクビエのぬる燗焼酎をコップでぐいっとあおった。
「そうかい、そうかい。ゴパルの旦那の手下ってヤツだナ! よろしく頼むわい、ガハハ」
ディワシュと居酒屋のオヤジに勧められるまま、同じ焼酎をコップ一杯ずつ飲む羽目になったゴパル達であった。このまま酒宴になりそうな勢いだったが、ゴパルが丁寧に断る。
「すいません、ディワシュさん。今日中にセヌワまで登ろうと思っていまして。そろそろ出発しますね」
ディワシュがニコニコしながらうなずいた。
「おう。サンディプは今晩ゴレパニだ。また仕事の合間を縫ってチャイ、ゴパル先生達に顔を出すように伝えておくよ」
バスパークからは小型四駆便に乗ってガンドルン方面へ向かうゴパル達だ。ラメシュが川面を見下ろしながら平坦な道に感心している。車内は相変わらずの満席だ。
「思った以上に起伏がない道ですね。さすがアンナプルナ街道だなあ」
ゴパルが頭をかいて困ったような表情になった。
「途中まではね。あ、そろそろ降りるよ」
ガンドルンへの上り口という仮名称の停留所で下車するゴパル達だ。ジグザクの上り道をゆっくりと走り去っていく小型四駆便を見送ったゴパルが、川沿いの道を指さした。
「ここから先はアンナプルナ街道からいったん外れるよ。ちなみに、この坂を上った先がガンドルンだ。アンナプルナ保護地域の国立公園の管理事務所があるから、気が向いた時に挨拶に行くといい」
そして川沿いに歩き始めてから、もう一つ思い出したようだ。振り返った。
「ガンドルンへの上り口ってのは、通称だよ。正式名称はまだない。さて、ここから先は地元の人がよく通る道になるから、足元に注意するようにね」
確かに落石があったり、沢で道が削り取られている場所があったりしている。雨期であれば池になっていそうな場所もあった。
しかし、ラメシュ達三人は普通に歩いている。その足取りを見てほっとするゴパルだ。
(これなら、この先の道も大丈夫かな。彼らの採集旅行には同行していなかったから、少し不安だったんだけど)
そして森の中を歩きながら、一つ思い出した事をラメシュ達に聞いた。
「そうそう。クシュ教授への説得成功おめでとう。君達三人がずっと滞在するんじゃなくて、三交代制で低温蔵の仕事をする事になったんだよね?」
ラメシュが森の木々の枝を払いながら、少しドヤ顔になった。メガネの奥の垂れ目をキラキラさせている。
彼は身長がゴパルよりも高い百八十センチほどもあるので、森の中を歩くのは大変そうだ。
「博士課程の研究が最優先ですからね。これで僕達が博士になれなかったら、クシュ教授の評判も悪くなるでしょうし」
ラメシュの後ろを歩いているダナとスルヤの二人もドヤ顔だ。そんな三人を見て、ゴパルが垂れ目を細めた。
「実際助かったよ。ABC……アンナプルナ・ベース・キャンプという地名の略称だよ。そこの民宿が今は観光シーズンでどこも満室でね。一部屋しか確保できなかったんだ」
ゴパルが話しながら頭をかいた。
「さすがに雪が積もる場所で、石の床に雑魚寝は厳しいよね。三交代制ならベッドを独り占めできるよ」
ゴパルの部屋を使ってもらうという考えは無いらしい。
その話を聞いて、ほっとしているラメシュ達三人だ。ラメシュが代表して答えたのだが、森の枝が顔にかかるので大変そうである。
「そんな事になるだろうと予想していましたよ。何といっても有名な観光地ですから……ん?」
ラメシュが不意に立ち止まって森の一角を凝視した。
「あれは、まさかホウキタケでは?」
次の瞬間、森の中へ突入していくラメシュであった。ゴパルが立ち止まって、少し呆れ気味に注意する。
「こらこら、ラメシュ君。こんな場所で道草を食っている暇は……ん?」
ゴパルがラメシュとは別の一角を凝視した。
「あれは、まさか野生のシイタケでは?」
……かくして、キノコ採集大会に変貌してしまったのであった。




