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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
肥料も色々あるよね編
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赤ピザ

 アバヤ医師を含めたゴパル達が、白い作業服に着替えて厨房へ入ってきた。サビーナが石窯の炉の中から、パーラーを使って灰やおきを下の層に少し落としてから振り返った。彼女はいつものコックコートに丸い調理帽を被った姿だ。

「前回のピザ作り動画が好評だったみたいでね、今回は続編」


 アバヤ医師がニコニコしながらうなずいた。彼の場合は見事な太鼓腹なので、作業服がパンパンに膨れ上がっている。ゴパルも似たようなものなのだが。

「欧米人は本当にピザが好きだからなあ。民泊サービスで、家主がもてなす際には喜ばれるだろうよ」

 サビーナが腰に両手を当てて、ジト目をアバヤ医師に投げかけた。

「今日は撮影会なんだから、文句を言わずにさっさと食べて帰りなさいよ。騒動を起こしたら、あたしが減給を食らうんだからねっ」

 レカも固定カメラの調整を終えて、サビーナに同調した。アバヤ医師に対してはスマホ盾は使わないようだ。

「そうだぞー。わたしも何故か怒られるんだからー」


 しかし、アバヤ医師は全く意に介さない様子だ。ほとんどつながっている細い一本眉の両端を交互に上下させてニコニコしている。

 そして、早くも近くにあったイスに手を掛けて、ナイフとフォークを探し始めた。

「構わん、構わん。口は出すが手は出さぬよ。美味いピザを楽しみにしてるぞ、サビーナ君。ワインは白かね?」

 アバヤ医師の問いかけを無視したサビーナが、カルパナに聞いた。

「カルナちゃんは、今回不参加なのね?」

 カルパナが素直にうなずいた。

「うん。ジヌー温泉ホテルの仕事が忙しいって、さっきチャットで返事が来た。ヒラタケ栽培も始めたから、しばらくの間はポカラまで降りてこれないんじゃないかな」

 サビーナが首を軽く振ってカルナに同情した。

「観光シーズンだものね。料理の映像で我慢してもらうか。レカっち、それじゃあ始めるわよ」

 レカがスマホカメラを構えて、間延びした声で答えた。

「お~。まかせろー」


 サビーナが調理台の上に揃っているピザ生地の材料を指さした。

「材料は前回と同じだから、説明を省くわね。ビール酵母も同じ」

 ゴパルが頭をかいて謝った。

「すいません。ピザ生地発酵専用の酵母菌って、まだ使える段階じゃないそうなんですよ。クシュ教授がそう言ってました」

 サビーナは特に気にしていない様子だ。生地をまとめて、麺棒を使って延ばし始めた。ある程度生地を延ばしてから、再びまとめて玉にする事を繰り返していく。

「この酵母でも十分に使えるわよ。でも汎用小麦粉だから、出来上がり具合はイタリアのナポリやミラノ、それにローマのピザ生地と比べると悪いけれどね」


 一通りこね終えて、サビーナがボウルに生地を入れた。そしてボウルの口にラップを張って、調理台の隅に移動させる。

「こねて寝かせる事を繰り返すのよね。前回は三十分間程度だったけれど、今回は一時間おきに何度かこうやって、こねて寝かせる事。好みによるけれど、最後に一晩寝かして、パン生地みたいにするのもアリかな」

 そして、調理台の上に別のボウルを置いた。

「これは一晩寝かせた生地。これを麺棒で円形に延ばすんだけど、少なくとも前回の倍くらいの厚さにしておく事。そうしないと薄いピザになるからね」

 サビーナが右手を上げて、厚さの目安を示した。

「焼きあがった時の厚さが一インチくらいになるくらいが良いかな。ま、これは好みによるから自由に調節しなさい」

 レカのカメラに向かって命令口調で話すサビーナだ。


「今回は三種類のピザを作るわね。まずは赤ピザ。トマトソースを塗って前回みたいに石窯に入れて半分火を通してから、具材を乗せてもう一度焼く方法が無難よ。具材はこんな感じ」

 調理台の上に、バジルの葉などの香草と、キノコとナスの炒めもの、ソーセージの輪切り、ベーコンやハムの薄切り等が用意された。チーズは硬質チーズだ。


 サビーナが分厚くトマトソースを塗ったピザ生地を石窯の中へ入れて半焼きにし、それをパーラーを使って取り出した。調理台の濡れタオルの上に置いて、具材を盛りつけていく。

「ベーコンは今回も輸入モノ。ったく、ギャクサン社長の尻を蹴り飛ばしに行きたい気分ね。それと、あたしはパイナップルが苦手だから加えてないわよ。好きな人は好みで加えなさいね」

 盛りつけを終えた半焼けピザを、再び石窯の中へ入れて鉄扉を閉じた。

「ピザはイタリア各地でかなり特徴が違うのよね。北のミラノだと、盛りつけ皿の倍の直径の大型ピザを焼くわね。焼きあがってからピザを四等分して、皿に乗せるのよ」

 サビーナが鉄扉をパーラーでコツコツ叩く。

「中央のローマだと、四角形のピザがあったりするかな。これもミラノピザと同じくらい大きくて、切り分けたピザ一枚で皿が一杯になるわね」

 へえ、と感心して聞いているゴパルに、サビーナがニヤリと微笑んだ。

「あら。ゴパル君は海外によく行ってるのに知らないのかな?」

 ゴパルが背中を丸めて両目を閉じた。

「学会の懇親会では、いつも小さな冷凍ピザですね……うむむ、そうなのか。海外ではいつもインド料理屋ばかり行ってましたから、ピザの事はよく知りませんでした」

 インド圏の人達は、海外でもインド圏の料理しか食べない事が多かったりする。食べるとしても欧米のジャンクフードだ。

 サビーナが満足そうな笑みを浮かべた。予想通りの答えだったのだろう。レカのスマホカメラに顔を向けて、少しドヤ顔でカメラ目線になった。

「こんな人が多いから、欧米帰りだと言ってる人が居ても、あまり信用しないようにしなさい。さて、そろそろ焼けたかな」


 サビーナが石窯の鉄扉を開けて、パーラーを使いピザを引き出した。トマトソースがグツグツしていて湯気を噴き出している。ベーコンと香草の香りが一気に厨房の中に広がった。

 アバヤ医師がそそくさと調理台の近くにやって来て、手に持っているフォークとナイフをカチャカチャ打ち鳴らした。

「おお、こりゃ美味そうだ。早速切り分けて食べようではないか」

 サビーナがジト目になって、パーラーを持っていない方の手を振ってアバヤ医師を追い払った。ほとんどハエを払うような仕草だ。

「ちょっと待ちなさい。撮影が先!」

 レカがニマニマして笑いながらアバヤ医師を押しのけて、ピザをスマホカメラで接写し始めた。

「撮影が優先なのだよー」


 太鼓腹と頬を膨らませているアバヤ医師に、サビーナが冷蔵庫に入れていた白ワインを一本取り出して手渡した。コルク栓抜きも投げて渡す。

「撮影の間に、この白ワインの栓を開けておいて。味見くらいならしても良いわよ」


 撮影はすぐに終わって、調理台をそのままテーブルにしての試食が始まった。サビーナが手際よくピザを六等分に切り分けていく。今回も余った一枚は、今日の当番シェフの口の中へ押し込むつもりのようだ。

 早くもその当番シェフを呼び寄せながらサビーナが、アバヤ医師を急かした。

「ほら、さっさと白ワインを人数分のグラスに注ぎなさいよ。ピザが冷めてしまうでしょ」

 アバヤ医師がジト目になってサビーナを見つめた。

「おいおい、ワシは客だぞ。客席スタッフに任せようとは思わぬのかね」

 そう言いつつも、しっかりと白ワインを六つのグラスに均等に注ぎ切った。そして、それぞれのグラスを参加者に渡して、最後に余った一つを当番シェフに押しつけた。

 それを見て、サビーナがにこやかな笑顔になった。

「ワインもピザも全員に行き渡ったわね。それじゃあ、試食しましょう」

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