二十四時間営業のピザ屋
結局、ゴパルが口走った事が原因で、自身が近くのルパ湖畔の周回路をジョギングして一周する羽目になった。ルパ湖はベグナス湖に隣接している小さな湖である。
「じょ、冗談のつもりだったのですが……」
カルパナが一緒に走りながら、ニコニコして答えた。彼女は普段から畑仕事をこなしているせいか、全く息が乱れていない。ルパ湖の周囲は丘が囲んでいて、道も起伏に富んでいるのだが余裕の走りだ。
「ピザのためですよ、ゴパル先生。がんばれ」
大汗をかいて湖を一周して走り切ったゴパルが、ヨロヨロしながら隣のベグナス湖畔にある茶店に入った。
先に茶店へ入って注文してくれたカルパナから、チソを受け取って一気飲みする。透明の炭酸飲料なので、コーラではないようだ。
「……ん? ここで大量の砂糖が入っている飲料を飲んでしまって良いのか……?」
ジョギングの意味が無くなってしまった事に軽く絶望したゴパルだったが、チソを全て飲み切った。
カルパナも同じチソを飲みながらニコニコしている。どうやら確信犯だったらしい。ゴパルにヘルメットを手渡して席から立ち上がった。
「では、そろそろピザ屋へ向かいましょうか」
ピザ屋は相変わらずの繁盛ぶりだった。今回は奥の会員席にアバヤ医師の姿があった。ニヤニヤしながらゴパルとカルパナに手を振っている。
「やあ、久しいな。元気だったかね」
アバヤ医師は既に白ワインをグラスで飲んでいて、上機嫌になっている様子だ。ツマミは炒ったピーナッツである。
カルパナが合掌して挨拶して、厨房内のサビーナにも手を振った。
「こんにちは、アバヤ先生。ルパ湖のジョギングは快適でしたよ。ドングリも落ちていましたし。ゴパル先生も完走しました」
紹介されたゴパルが合掌して挨拶してから、ぎこちなく頭をかいた。
「慣れない運動をすると大変ですね、アバヤ先生。服に塩が浮いてしまいました」
確かに、ゴパルの長袖シャツの襟元に白い粉のようなモノが見える。アバヤ医師がニコニコしながらゴパルをねぎらった。
「それは災難だったな、ゴパル君。ワシもようやく暇になってきたから、ジョギングを再開するよ。ルパ湖畔か……良さそうだな。フェワ湖やベグナス湖は大きいから一周走るのが大変なんだよ」
ポカラ盆地には他にも小さな池がいくつも点在している。ただ、それらの池は溜め池としても使われているので、乾期になると池の面積が小さく縮んでしまいがちだ。
ルパ湖はその点、大きさがあまり変動しないので観光地として人気がある。丘と森に囲まれて近くに集落も無いので、静かで落ち着くと評判だ。丘や森がアンナプルナ連峰を遮っているので、雄大なパノラマ風景は期待できないが。
そのような雑談を続けている内に、レカが厨房から顔を出した。既に、厨房スタッフと同じ白い作業服を着ている。
「準備が整ったー。もう入ってきていいよー」
いつの間にかレカが店に到着していたので、少し驚いているゴパルだ。しかし、客席の混雑ぶりを見て納得した。今は学生も数多く居るので、かなり騒々しい。
「なるほど。この繁盛ぶりでは、厨房の通用口から入った方がストレスがかからなくて良いでしょうね」
カルパナがスマホで何か確認してから、ゴパルに同意した。
「そうですね。この人込みをレカちゃん一人で突破するのは大変ですね。次からは、店の外で待っていようかな」
アバヤ医師が白ワインを飲み干してカルパナに賛成した。目元が赤くなっているので、もう酔っぱらっている様子だ。
「それが良かろうな。リテパニへ逃げ帰ってしまっては、ワシらも困るしな。さて、厨房へ入ろうか」
彼も参加する気のようである。カルパナとゴパルが顔を見合わせて、軽く肩をすくめて笑った。厨房で仁王立ちして渋い表情をしているサビーナに、カルパナが手を振る。そして、穏やかな笑顔でアバヤ医師に振り返った。
「そうですね、アバヤ先生。試食に参加してくださいな」




