土ボカシ
その後すぐにカルパナ種苗店の倉庫内に入り、タンク発酵させている土ボカシを確認するゴパルだ。
フタを開けると、甘酸っぱくてキノコ臭い香りが倉庫の中に広がった。土ボカシの表面には白い菌糸がびっしりと生えている。
ゴパルがそれを手でかき混ぜて、土を手に取って臭いを調べた。表情が満足そうなものに変わった。
「うん。良い発酵をしていますよ。このままでも使えますが、ここは当初の計画通りにもう一週間発酵を続けてみましょう」
カルパナも白い菌糸混じりの土ボカシを手に取って、臭いを確認する。
「なるほど。こういう香りなのですね。キノコの香りが強い印象です。生ゴミボカシの臭いとは全く別物なのですね、驚きました」
そして、ゴパルと一緒に土をタンクに戻してキラキラした瞳を向けた。
「この臭いでしたら、ネズミや野犬も興味を持たないと思います。期待できそうですね」
ゴパルがタンクのフタを閉めてうなずいた。
「私もそう願っています。実際に使ってみないと分かりませんから、ネズミや野犬の食害が起きても問題にならない場所で試してみましょう」
洗面所で手を洗ったカルパナが、タオルで手を拭きながらゴパルに手を洗うように勧めた。
「どうぞ手を洗ってください、ゴパル先生。小麦の種ですが、あれから交渉してみました。何とかなりそうですよ」
カルパナの話によると、ポカラの農業開発局とバクタプール大学の育種学研究室のゴビンダ教授に、重ねて相談したらしい。
「実証栽培試験の場所を提供するという形で、来週から小麦栽培を始めます。生ゴミボカシの生産量が順調に増えていますので、結構な量を使えると思います。この土ボカシも併用するつもりですよ」
ゴパルが手を洗い終えて、カルパナから受け取ったタオルで手を拭きながら聞いた。
「ん? サビーナさんのレストランやカルパナさんの家の他にも、どこかで生ゴミボカシ作りを始めたのですか?」
カルパナが明るい口調で答えた。
「はい。ダムサイドのホテルとレストランからいくつか選んでいるという、ラビン協会長さんの話ですよ。タンクを耕作放棄地に運んで熟成させる事も始めました。液肥はそこの農家さんに使ってもらっています」
感心するゴパルだ。
「さすが迅速な動きをしますね」
カルパナが照れながら小声になった。
「実はですね……来週、有機農業団体の南アジア地区の交流会がポカラで開かれます。そこで紹介したいというのが動機ですね。あはは」
倉庫からカルパナ種苗店の店先に戻ると、ビシュヌ番頭がチヤを用意していた。カルパナから土ボカシの状態を聞いて、嬉しそうに切れ長の目を細めている。身長は百五十五センチほどで低いのだが、番頭としての存在感は大したものである。
「そうでしたか。朗報ですね。レカさん用のラプシの実は、ここに用意しました。この量でしたらバイクで運んでも大丈夫でしょう」
ゴパルが袋を手に取って、素直にうなずく。
「はい。この量でしたら担げば問題ありませんね」
ビシュヌ番頭が整った太い眉を上下させた。
「食用菊もレカさんが注文していたのですが、これはまた後日配送します。ゴパル先生の肩に負担をかけてしまいますし」
ゴパルがチヤをすすりながら店内を見まわした。まだ数名の買い物客が居て、カルパナの弟のナビンが対応している。そのナビンが客の一人に勧めているのが黄色い食用菊だった。
「人気なんですね。味はそれほどでも無いと思うのですが」
ナビンがゴパルに振り向いて、ゴパルに同意しながら笑った。
「見た目がキレイですからね。お菓子のトッピングに使えるそうで人気ですよ、ゴパル先生。でも、食用菊はこれで最後の収穫なんですよね。次はまた来年です」




