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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
肥料も色々あるよね編
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キノコを担いで

 ジヌーからガンドルン上り口までは歩いて、そこからはディワシュが運転している小型四駆便に乗ってナヤプルまで出る三人であった。

 ディワシュが屋上席に登ろうとしているゴパルを、早速冷やかした。

「ゴパルの旦那、順調に彼女を増やしてるナ。やるじゃねえかよー、この色男め」

 そのカルパナとカルナが、ゴパルに続いて屋上席へ登りながらジト目をディワシュに向けた。特に、カルナの苦虫を噛み潰したような表情が際立っている。つり目も、いつもより角度が上がっているようだ。

「おいディワシュ、言って良い事と悪い事があるぞ。ゴパル先生は、私の倍の歳だ」

 屋上で何か衝撃を受けている様子のゴパルだ。なぜかカルパナも似たような仕草をしている。

ディワシュがニヤニヤしながら、太い眉を目の上で踊らせた。

「そいつは失礼したナ。それじゃあ、発車するぜ。落ちないように気をつけてナ、カルナちゃんにカルパナちゃん、ゴパルの旦那」


 ナヤプルまでの道は川沿いで上り下りが緩い。そのため、土道なのだが爆走する者が後を絶たない。

 今回も調子に乗って速度超過に陥り、土道のデコボコにハンドルを取られて横転しているインドや首都からの車があった。バイクも数台ほど横転していた。そんな中をスイスイと駆け抜けていくディワシュの小型四駆便だ。

 カルパナが川沿いを走る土道を見下ろしながら、二重まぶたの黒褐色瞳をキラキラさせている。

「バイクで走ると楽しそうな道ですねっ」

 カルナが細い目を閉じて小さく呻いた。

「土煙が乾期になると酷くなりますよ、カルパナさん。服が土まみれになります」

 ゴパルもカルナと同じような表情だ。

「デコボコが多いので、後部荷台の座布団を分厚くしてくださいね」

 カルパナが少しドヤ顔になりながら、ゴパルに微笑んだ。

「その点は大丈夫です。何度かジョムソンまでバイクで行った事がありますから、土道は慣れていますよ。いつも運送会社のアンバル社長にお願いして調整してもらっています」

 ちなみにポカラからジョムソンまでは車で十時間ほどかかる。予想以上にガチな事をしていると知り、目を点にするしかないゴパルとカルナであった。


 ナヤプルからは路線バスに乗り換えて、ポカラのパメにあるカルパナ種苗店に着いたのは夕方も遅くになってからだった。ピザ屋に行く前に種菌の様子を見たいとカルナが希望したための寄り道だ。

 カルパナ種苗店は相変わらず地元の買い物客で賑わっていて、ビシュヌ番頭とナビンが次々に切り花や植木を売りさばいていた。ランの花の種類が、いくつかまた新しい品種に置き換わっているようだ。質問しようとしたゴパルだったが、二人が忙しそうだったので聞かずじまいになってしまった。

 代わりにカルパナがゴパルに知らせてくれた。カルナも興味津々の表情をしているので、彼女にも教える。

「薄いピンク色の花のエリデスは、そろそろ終わりですね。黄色い花のオンシジウムと、薄青の花のリンコスティリスが今の主力のランです。半月後からは冬ランがたくさん花をつけますので、店が華やかになりますよ」


 ランの名前を教えられても、なかなか覚えられないゴパルである。しかし、とりあえずスマホを取り出して、花の写真を撮影した。

(花の写真があれば、名前を聞くのも楽になるかな。廃棄処分になったランの花は、後でもらっておこう。もしかすると、花に面白い酵母菌が付いているかもしれないし)

 ビシュヌ番頭とナビンに合掌して挨拶をしてから、倉庫へ向かう三人であった。ビシュヌ番頭がチヤを用意すると言い出したので、それを穏やかに断る。


 さて、倉庫内はあれからさらに片づけが進んでいて、今はちょっとしたキノコ種菌生産部屋に変貌していた。

 カルパナ達の本気具合に感心しながら、ゴパルが常温で培養している種菌の種菌や、種菌を確認していく。時折、スマホで写真も撮っている。

 続いて冷蔵庫を開けて、中で熟成させている種菌を確認した。さすがに専門分野に少しかかっているので、真面目な表情と行動だ。それも数分で終えて、ゴパルがにこやかな笑顔でカルパナに振り返った。

「見事な管理ですね。これならキノコの種菌会社を起業しても大丈夫だと思いますよ」


 カルパナがほっとした表情になり、それから困ったような表情に変わった。

「ありがとうございます。スバシュさんはキノコ種苗会社を作りたがっていますけれど、もうしばらくの間は私達の経験を積まないといけません。ランや蜜蜂でも苦労しました」

 さすが農家だけあって堅実だなあ、と感心するゴパルだ。クシュ教授にもそういう堅実さが少しでもあると良いのにな、と夢想する。

 彼は今回もチャッテ祭をサボるためにバングラデシュへ出張していた。しかし、さすがに親戚から文句が来たようで、仕方なくバングラデシュでガンジス川に浸かったらしい。

 で、見事に風邪をひいて、現地の病院で入院中という事だった。同行している育種学研究室のゴビンダ教授から、ラビ助手を経由して得た情報である。


 とりあえず、気になった些細な点をいくつかカルパナに指摘するだけに留めるゴパルであった。ゴパルもキノコ専門家ではないので、博士課程のラメシュからの受け売りに過ぎないのだが。


 現在はヒラタケとオイスターマッシュルーム、それにフクロタケの種菌を培養している段階だ。これらの種菌はジャガイモを使ったPDA培地の上で組織培養されている。これをソルガムの種を詰めた瓶に移して種菌にする。

 名前が同じ種菌なので、一次種菌、二次種菌と呼ぼうかという話になった。種菌の種菌という呼び名は、確かに言いにくい。

 しかし、カルパナは否定的だった。整った細い眉を少しひそめて軽く首を振っている。

「もっと分かりやすい名前が良いと思います。ジャガイモ種菌とか、ソルガム種菌と呼んではどうでしょうか」

 なるほどね、と思うゴパルだ。すぐに了解した。

「分かりました。今後はそう呼びましょう。今後エリンギやシイタケを栽培するようになると、種菌の種類が増えますし」

 カルパナがニコニコしている。

「サビちゃんや隠者様は、早くエリンギやマッシュルームを栽培して欲しいと言っています。これでまた一歩前進ですね」


 ゴパルがもう一点追加して指摘した。

「ああ、そうでした。ポカラもこれから気温が下がってきますので、キノコが収穫できるまでにかかる期間も延びるはずです。とりあえずは五週間後からの収穫開始を想定しておいてください」

 カルパナが真面目な表情でうなずいた。

「はい、分かりました。ゴパル先生。フクロタケはもう無理でしょうか」

 ゴパルが軽く腕組みをして呻いた。

「……でしょうね。気温三十度の維持は、簡易ハウスでももう無理でしょう。西暦の年が明けて、三月に入ってから栽培を再開した方が良いと思いますよ」


 カルナもゴパル以上に熱心に三種類のキノコのジャガイモ種菌を見て、スマホで写真を撮っていた。概ね欲しい情報は得られたようで、口のへの字が小さくなっている。

「どれも気温が高くないと、栽培が厳しいのね。ジヌーの温泉引き入れパイプを使って加温するしかないかな」

 ゴパルが申し訳なさそうな表情になり、頭をかきながら謝った。

「すいません、カルナさん。ここへ来るまでの道中、色々と考えてみたのですが……同じ場所でキノコ栽培すると、連作障害が起きる恐れが高まります。工場のように完全殺菌できる環境であれば問題無いのですが、温泉宿では難しいですよね」

 ゴパルに指摘されて、カルパナも気がついたようだ。

「あ……そうでしたね。ごめんなさい、カルナちゃん。私も浮かれていて考えが及びませんでした」


 ゴパルから詳しい話を聞いて、落胆するカルナであった。

「という事は、最初の案が良いのね。親戚の家の中で栽培してもらうのが安心かな。キノコ栽培してもらう親戚は、順番に代わってもらうか。そうすれば、同じ場所でキノコ栽培する事は起きなくなるわね」

 まだ申し訳なさそうな表情をしているゴパルとカルパナに、カルナがニッコリと微笑んだ。

「温泉暖房は他にも使い道がありそうだし、改めて考えてみるわ、ゴパル先生。それじゃあ、そろそろピザ屋へ行きましょうか、カルパナさん」

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