休日
民宿ナングロのアルビンが言った通り、毎日の建設作業状況をスマホカメラで撮影するゴパルであった。チヤを配って回る役目も真面目にこなしている。
強力隊のサンディプも繰り返しABCまで登ってきて、機械の部品を届けてくれた。今回も運び上げてくれた機械部品が壊れていない事を確認して、礼を述べるゴパルだ。
「いつもありがとうございます、サンディプさん。おかげさまで、機械類も整ってきましたよ」
ゴパルが手渡してくれたチヤを飲みながら、照れ笑いをするサンディプだ。筋肉隆々の体格なので、笑うとかなり印象が変わる。
最初は酒を所望していたサンディプだったのだが、さすがに断るゴパルだった。
「そうかい。そりゃあ良かったナ。この仕事は元請けに近いからチャイ、儲けも大きくて助かるぜ。機械の組み立てはチャイ、ゴパルの旦那一人だけでできるのかい? ディワシュに相談して誰か呼んでやろうか」
少し考えてから穏便に断るゴパルだ。
「今は観光の最盛期ですから、民宿の部屋を確保してもらうのは遠慮すべきでしょう。私だけですと作業は遅くなりますが、まあ、ゆっくりと進めますよ」
サンディプが軽く肩をすくめながら、バンとゴパルの背中を叩いた。やはり咳き込むゴパルである。
「まあ、そうだよな。あ、そうだ。登山客のシェルパ仕事が入ってナ、ちょいと行ってくる。一週間くらい留守にするぜ。その間はチャイ、機械の搬入はお休みだ。ゆっくり機械の組み立てをやってくれや」
サンディプから空になったチヤグラスを受け取ったゴパルが、穏やかにうなずいた。
「ケガをしないように、気をつけていってらっしゃい」
「おう」
手を振って去っていくサンディプの厳つい背中を見送ったゴパルが、軽く腕組みをした。
「そうか……一週間ほど休みになるのか」
(低温蔵の建設も作業員が本業で忙しくてゆっくりだし、ジヌーの温泉でキノコ栽培指導の約束を実行しようかな。遅れたけれど、やらないよりはマシだよね)
すぐにポケットからスマホを取り出して、カルナとアルジュン宛にチャットで打診してみるゴパルだ。
(カルナさんは、カルパナさんから聞くって言ってたから……私は不要かもしれないけれどね)
「とりあえず、聞くだけ聞いてみよう」
返事は夕方になってゴパルのスマホに届いた。作業員が集まらずに、事実上休みになった低温蔵建設の現場で一人チヤをすすっているゴパルだ。チャットの文面を読んで感心している。
「キノコ指導お願いします……か」
(カルパナさんも明日呼ぶんだね。気合が入ってるなあカルナさん。ここに居ても暇だし、山を下りてみようかな)
スマホで時刻を確認して、少し考えてから頭をかいた。
(今晩はソバのディーロだったっけ……明日の朝にしよう)
翌朝、アルビンからチヤとビスケットを受け取って腹に入れたゴパルが、小さめのリュックサックを担いで背伸びをした。
赤橙色した朝焼けが、アンナプルナ主峰の巨大な壁の尾根筋だけを染めている。アンナプルナ内院は盆地なので、日が昇ってこないと明るくならない。朝日がマチャプチャレ峰によって遮られてしまうためだ。
ゴパルは厚手の長袖シャツに、自前で購入した防寒ジャケットを羽織り、同じく厚手のズボンを履いている。靴は軽登山靴だ。
アルビンに空になったグラスを渡して、ビスケットの包み紙をポケットに突っ込んだ。
「それでは、ちょいとジヌーまで行ってきます。作業員達が集まりそうになりましたら、チャットや電話で知らせてください」
グラスを食堂スタッフに渡したアルビンが、明るい表情で答えた。一重まぶたなので少し眠そうな印象だが。
「分かりました。来週末には観光客のピークが過ぎますので、それからになりますかね。でも、今日も二名が一時間ほど仕事をしてくれる予定ですんで、ゆっくりと進めていきますよ」
感謝するゴパルだ。その彼にアルビンが質問してきた。
「それはそうとキノコ栽培って、ここでもできますかね?」
ゴパルが両目を閉じて首を振った。少し荒れた眉をひそめているので、これは否定的な意味合いだ。
「コストが高くなるので止めた方が良いでしょう。ここは気温が低いので、暖房しないといけませんし」
返事を予想していたようで、がっかりせずに納得した様子のアルビンだ。
「やっぱりそうですか。それでは、低温蔵の酒に期待する事にしますよ」
ゴパルが穏やかに笑った。
「とりあえず、最初はチャンと日本酒ですかね。では、行ってきます」




