チャッテ祭
ゴパルが首都へ戻ってきたのは、ちょうどチャッテ祭の前日だった。
ダサイン大祭やティハール大祭と比べるとマイナーなのだが、それでも四日間続く大きな祭りだ。インドに接するテライ地域で盛んに催されて、太陽神を祝福し願いを祈る。
特徴としては、初日の日の出前に川に入って半身まで水に浸かり、果物や穀物を供物として捧げる点だろうか。この時期はカボチャやサトウキビも甘くなるので、供物に取り入れる人もいる。
二日目は、人から神の仲間になった英雄カルナを称えるために賑わう。彼はバナナが好きなので、供物には必ずバナナを添えるのが基本だ。
この祭りでは太陽神やカルナを称えて願いを聞き届けてもらう面があるので、家の主催者は三十六時間の断食を行う。しかし水だけは飲んでも良い。そのため、ダサイン大祭やティハール大祭のような御馳走は出ない。
ちなみに太陽神には妻が居るので、彼女を祀って願いを祈る人も多い。
本祭は三日目に行われ、日没後にバターランプを灯して、サトウキビの茎を五本組み合わせてランプを囲む。
ランプの炎は太陽神を、サトウキビの茎は人間の構成要素を表現している。それぞれ大地、炎、水、風、そしてエーテルの五要素だ。ちなみに中国の五行説や、西欧の精霊とは別系統である。
太陽神とカルナは音楽を好むので、主催者達は民謡を歌う。歌の内容はネパールに接しているビハール州やUP州に伝わる伝説や歴史だ。ただ、今ではインド映画音楽も平気で歌われるようになっているが。
最終日の四日目の日の出を川のほとりで迎えて、主催者の断食が終了する。以降は友人を招いての食事会だ。そして、夕方の日没を再び川のほとりで迎えて祭りが終了する。
このように日の出や日没を見るのが重要になる祭りなので、見通しの良い平原のテライ地域で盛んになっている。それにまあ、この時期の川の水は山間地では冷たいという面もあるが。
ゴパルの家では、カブレ町の故郷へ戻って親戚達と一緒に祭りを祝う事になっているようだ。当然のように不機嫌なゴパル母である。
「ああもう面倒だわねっ。何が悲しくてカブレまで行かなきゃならないのよ、まったく!」
ゴパルの兄のケダルが、チヤをすすりながら冷静に指摘した。
「首都のドブ川に浸かるつもりですか、かあさん。カブレの川でしたら水温もそんなに低くないですし、何よりもキレイですよ」
ゴパルも兄に賛同している。
「そうですよ、かあさん。首都の井戸ですら八割が大腸菌で汚染されているんですよ。兄さんが車を出してくれますから、サッと行ってサッと帰ってくれば良いじゃないですか」
ゴパルの父は、カブレに行く事を内心で楽しみにしているようだ。ゴパルにチヤを渡してから、自身もチヤを気楽な顔ですすった。
「まるっきりカブレの親戚達に顔を出さないのは、色々とよろしくないぞ。親戚回りは私が担当するから、かあさんはケダルと一緒にドライブでもして観光してくれば良いさ。ヘランブー地区まで行かなくても、近くにニジマス養殖場があるしな」
ゴパル母がニジマスと聞いて態度を和らげた。
「そうね……チャッテ祭が始まったら断食しなきゃいけないし。今のうちに美味しい料理を食べておくのも良いわね」
ゴパルが小首をかしげて聞いた。
「かあさん。いつもは断食までしないのに、今回はどうしたんですか?」
ゴパル母と父、それにケダルが一斉に呆れた表情になってゴパルを見据えた。
「あんたが氷河のそばで暮らすからでしょ! 今、無病息災を祈らなくて、いつ祈るのよ」
ケダルが大きくため息をついて、ゴパルの肩に手をかけた。
「本当に、大学勤めになって良かったな。俺の会社に就職してたら、もうとっくに解雇してるぞ」
ゴパル父も静かにうなずいている。
「大家業では、ゴミ掃除係なら空きがあるけれどな。他はお茶くみ小僧くらいかな」
ゴパルが背中を丸めながら、チヤをすすった。
「……すいません。氷河のそばでやってるのが、そのお茶くみ小僧なんですよ。低温蔵の建設監督って、名ばかりの役目でした」
再びため息をついて、否定の首振りをするゴパル父母とケダルであった。




