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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
氷河には氷があるよね編
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電気と燃料と

 ニュースを読み上げているアナウンサーコイララは、「大した事じゃないぞ」とでも言いたげな表情と口調だ。淡々と事故を伝え、それによる停電の影響について、淀みなくスラスラとニュース原稿を読み上げている。

 ニュースは、ネパール各地に建設されて稼働中の、水力発電所での多発事故についてだった。


 ネパールには、ヒマラヤ山脈があるため、急峻な地形と深い谷が多い。その地形を生かして、大小様々なダムが建設されて、水力発電が行われている。

 ただ、過去百数十年間の詳細な降水量や、河川の増水と渇水の基礎データが不足している。ダムを建設する上では、その河川の流域ごとに、詳細で長期の観測情報が必要になるのだが、残念ながら不足しているのが現状だ。

 さらに、流域の森林の状態や、農地からの季節単位での土砂流出量についても、分かっていない点が多い。

 そういった、あいまいな情報を基にダムが建設されているのだが、ネパールが自力で建設している訳では無い。日本や欧米諸国、最近では中国やインドによる援助で建設されているものばかりだ。

 現場では、外国人の技師は、短期間の滞在で母国へ帰国してしまう事がよく起きる。加えて、完成したダムや水力発電施設を運転し、維持管理するのは、ネパール人や出稼ぎインド人に任される事が多くなる。

 ダムや発電施設には、国ごと、請け負った企業ごとに、独自のノウハウが導入されている。そういったモノには、特許も含まれているので、現地の管理者には全て伝えられない事が多いものである。

 結果として、維持管理に失敗する危険性が高まってしまうのだ。


 今回は、西暦の六月中旬から始まった雨期による豪雨で、各地のダム流域から大量の灌木や土砂、それに岩石がダムに流れ込んだ。それらが、ダムにある水力発電の発電タービンにつながっている、吸水口で詰まってしまった。

 結果、発電量が低下してしまい、電気の需要に追いつけなくなってしまった。そうなると、計画停電を行うしかなくなる。

 電気は、酒やジュースのように薄めて使う事はできないので、送電する地域と、送電しない地域とを明確に区分けする必要がある。今日はこの地域に送電し、明日は別の地域に送電する、という形で電気を供給する形式だ。


 クシュ教授が、再びスススとチヤをすすって、目を細めた。

 彼は身長が百五十センチほどで、初老ながらも見事な太鼓腹の持ち主だ。同じように見事な禿げ頭には、辛うじて両耳から後頭部にかけて、白髪交じりの黒髪が残り、短く切り揃えられている。この五人のスタッフの中では、最も色黒で、大きな黒い瞳も自己主張が激しい。眉が半分白くなっていて、しかも麻呂型なので、さらに瞳が強調されて見える。

「こういう事もあろうかと、設計時の冗長性は、かなり大きく取っていたはずなんだがねえ。自然の脅威は、侮れないものだね。むう、インドからの送電線も切れてしまったか」

 どこか愉快そうな口調になっているクシュ教授だ。反対に、ゴパルは肩をすくめるばかりである。

 ニュースでは、さらにインドからの送電網の一部も切れたと伝えていた。


 インドの火力発電所からの送電を、ネパールは受け入れている。しかし、送電するには、巨大な鉄塔をいくつも連ねて、険しい山々を越えていく必要がある。首都があるカトマンズ盆地まで送電するだけでも、標高三千メートルに近い急峻な山脈を越えるなり、迂回するなりしないといけない。

 途中の鉄塔が土砂崩れで倒れてしまうと、それだけで電線が切れてしまう。ニュースでは、少なくとも十数か所で断線が起きた模様だと、淡々とした口調でアナウンサーコイララが伝えていた。中国からの送電網もあるのだが、これはこれで、さらに急峻なヒマラヤ山脈を越えなくてはいけないので、送電量そのものが少ない。


 そして、ニュースを報じているアナウンサーコイララは、淡々とした口調で、最後にこう言い放った。

「従いまして、来週より計画停電が強化される見通しです。首都内でも、場所によっては一日十二時間の停電時間になる所も……」

 ゴパルが呻いて頭を抱えた。

「うわあああ……マジですか」

挿絵(By みてみん)

 クシュ教授が、まだ窓枠の雨漏りを調べている三人に顔を向けた。

「自家発電機を去年使ったけれど、それで今年も乗り切れそうかね? ラメシュ君」



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