コンテチーズ
サビーナが給仕長に礼を述べて、レカに構わずに大理石の板をテーブルの上に置いた。
給仕長はそのまま一礼して、部屋から退出していった。サビーナが視線をゴパルに戻して、話を続ける。
「一年以上熟成させると美味しくなるんだけど、値段が高くなるのよ。これは四ヶ月間熟成で茶色ラベルの安いやつ。料理用のチーズね。普通は八ヶ月間熟成のモノを食べるんだけど。冷やした大理石の上だから、まあ、食べ頃の十八度くらいかな」
サビーナがレカにニヤニヤ微笑みながら、ゴパルにチーズを勧めた。
「もたもたしてると温度が上がるから、さっさと食べなさい。熟成が浅いから溶けやすいのよ。レカっちも早く食べ終わりなさい。待たないわよ」
「いただきー!」
ゴパルよりも早く、レカが手を伸ばしてコンテチーズを一切れ食べた。見事に試食を平らげている。そして、すぐに嬉しそうな表情になっていった。
「う~……美味いなー。こういうのを早くうちでも作りたいんだけどー、難しいのよねー。牛一頭に放牧場1・3ヘクタール割り当てとかー、草だけで育てるとか無理だしー。KLみたいな微生物資材も使っちゃダメなのよねー」
フワフワした話し方なのだが、よく調べているなあと感心するゴパルだ。
レカが再びチーズに手を伸ばしたので、代わりにゴパルが説明を続けた。専門分野なのか口調が冷静な感じになっている。
「コンテチーズ作りには培養した微生物は使わないんですよ。生乳中に含まれている自然の微生物群が働いて、発酵と熟成が進むチーズですね。草や土等の環境や、季節で微生物の種類が変わってきますから、出来上がるコンテチーズの風味も変化します。KLの出番は無いチーズですね」
ふうん、と聞いていたサビーナがコンテチーズを一切れ食べた。さらにパンをかじりながら、赤ワインを飲み始める。
「フランス人はチーズにうるさいものね。コンテは、西暦の十四世紀には文書で作り方が書かれてたほど古い歴史をもつチーズなのよ。AOPっていう原産地呼称保護の制度でも守られているしね」
そう言ってから不敵に微笑んだ。
「でも、ネパールにもパニールっていう、ヴェーダの時代から続く生チーズがあるけれどね。お菓子作りでよく使うアレ。チベット圏にはツルピっていう硬質チーズもあるし」
ゴパルがコンテチーズをかじりながら、少し考えている。
「低温蔵が稼働すると、しばらくの間は重要研究で忙しくなりますからね……ツルピやコンテチーズについては、それら研究がひと段落ついてからになると思います」
チーズをもうひとかじりして、話を続けた。
「博士課程のラメシュ君達がアンナキャンプに……あ、ABCでしたっけ、行きたくないと言ってまして。当面は私一人だけで研究を進めるしかない現状ですね」
カルパナが白ワインを空けて、スマホで時間を確認した。
「そろそろ、お開きにしましょうか。ゴパル先生は、明日朝の始発便の飛行機で発つのでしたよね。私もそろそろ家に戻らないと、弟夫婦にご飯が冷めたと怒られてしまいそうです」
ゴパルが素直にうなずいた。
「そうですね。今晩は美味しい家庭料理を紹介してくれてありがとうございました、サビーナさん。来年のズッキーニで試してみますね」




