雑談
サビーナが白ワインを一口飲んで、小さなパンをそのままかじりながら穏やかな笑顔でうなずいた。
普通はパンを手でちぎってから口へ運ぶのだが、レストランやピザ屋ではないので態度が少し緩くなっているようだ。
「ん、そうね。香辛料はコショウしか使っていないけれど、雰囲気は似てるかな」
サビーナがカルパナにも白ワインを注ごうとしたのだが、やんわりと断られてしまった。カルパナが残念そうに、水を白ワインのグラスに注いだ。
「バイクで来てるから、さすがにちょっとね」
サビーナが軽く首をすくめて、白ワインの瓶に栓をした。
「安い車でも買ってみたら? ここのホテルなら運転代行サービスもあるし」
カルパナがパンをちぎって口に運びながら、真面目な表情でうなずいた。
「……そうだよね。親や親戚には車を買ってもいいかどうか相談しているんだけどね。私の有機農業やKLは、まだ道楽扱いだから説得に手間取ってて」
レカがスクランブルドエッグをパクパク美味しそうに食べながら、カルパナに視線を向けた。
「あ~……中古車なら工業大学にいくつもあったよー。スルヤせんせーやディーパクせんせーに聞いてみよっかー?」
カルパナがちょっと考えてから、レカに待ったをかけた。
「家族や親戚を説得するのが先かな。説得できれば、予算も分かるし」
レカが白ワインを飲みながら、軽く首を振った。これは同意の意味合いの首振りだ。
「う~そうかーそうよねー。私もバイクか何か買ってもらおうかなー。クソ兄に毎回送り迎えされるのってー、癪に障るのよねー」
ゴパルがスクランブルドエッグを食べながら、両目を軽く閉じた。
(いつまでもカルパナさんの厚意に甘えているのは良くないよなあ……かといって、車の運転には自信が無いし。困ったもんだ)
そのような事をゴパルが考えている間に、サビーナがスマホを取り出して電話をした。
「白ワインが余ったから、ギリラズ給仕長に引き取ってもらうわね。グラスワインとして客に紹介してもらいましょ」
ゴパルがズッキーニの煮込みを食べながら感謝した。
「ありがとうございます、サビーナさん。この白ワインは及第点ですか?」
サビーナが電話を終えて、スマホをポケットに突っ込んだ。
「そうね。この家庭料理には過不足なく合うわね。トレビアーノ種だから、もったり感と酸味がちょうど良いんじゃないかしら。ズッキーニの煮込みも、スクランブルドエッグも素朴な味だしね」
そして穏やかな笑顔になった。
「何よりも、こういった安い普段飲みできるワインが増えるのは大歓迎なのよ。店としては、儲けの多い高級ワインの方が経営的には良いんだけど、ま、それはそれ、これはこれってヤツね」
ゴパルが相づちをうった。
「あ、なるほど。グルン族のディワシュ運転手さんや、強力隊長のサンディプさんみたいな客層を増やしたいという事ですね。ピザ屋でしたら彼らも気軽に利用できますし」
サビーナがウインクした。
「そういう事」
そして、何か思い出したようだ。ゴパルにニッコリと笑いかけた。
「そうそう。パン用の酵母菌十種類、好評みたいよ。うちのパン職人が喜んでたわ」
ゴパルが頭をかいて照れた。
「それは良かったです。毒性試験をして安全だと認められた菌株ですが、商業利用はこれが初めてなんですよ。評判が良ければ、首都のキノコ種菌製造会社で量産してもらう予定です」
(ポカラのホテル協会に加盟しているレストランで、パン専門工房が稼働したと聞いてはいたんだけど……早くも菌株を使っているのかあ。さすがだな)
サビーナが軽く首を振りながら、パンを口に運んで白ワインを飲み干した。
「新しい酵母菌らしくて、小麦粉やバターなんかの配合割合や発酵時間とか手探り状態みたいだけどね。このパンも食感が乏しいから要改良なのよ。私のレストランじゃ出せないわね」
ゴパルがズッキーニの煮込みを完食して白ワインを飲みながら、小さく呻いた。
「さすがですね。要求が厳しいなあ」
ちょうど給仕長が部屋にノックして入ってきた。サビーナが白ワイン瓶を手にして、ニヤリと笑う。
「ポカラの富裕層が主な客層なのよ、ゴパル君。首都やインドからも来るし。美食に飽きた連中も多いから結構大変なのよ」
給仕長に白ワイン瓶を渡す。代わりに彼から、チーズのスライスがいくつか並べられた薄い大理石の板を受け取った。
「赤ワインのツマミにね。フランス産のコンテっていう硬質チーズよ。フランスでは赤じゃなくて白ワインのツマミなんだけど。でもまあ、軽い風味の赤ワインでも大丈夫。ちなみに私達ヒンズー教徒でも食べられるようにしてて、子牛の胃袋の乾燥粉末は入っていないわよ」
レカが残った料理を完食しようと、急いでパクパク食べ始めた。
「ちょ……ちょっと待ってー。チーズ出すの待ってー」




