試食
ほとんど否応もなく、二階角部屋のゴパルの部屋に料理を持ち込むゴパル達であった。給仕長と協会長が、ゴパルの肩をポンポンと優しく叩いてくれた。
「ワインは赤白の二つを用意しています、ゴパル先生。バクタプール酒造の銘柄ですので、存分に宣伝してください」
「少々部屋を汚してしまっても構いませんよ、ゴパル先生。掃除スタッフの配置は完了しています」
感謝するゴパルであった。
ゴパルの部屋に入ったサビーナとカルパナ、それにレカの三人は、窓の外の夕暮れ景色には目もくれずに、料理の撮影準備を始めた。湯気が立っている間に撮影を終えたいのだろう。
レカが撮影の邪魔になると喚いて、ゴパルのキャリーバッグや陸送品の箱を勝手に押しのけていく。サビーナは、テーブルの上に埃が付いてるとゴパルに怒りの文句を突きつけている。カルパナも勝手にテーブル回りの掃除を始めた。レカに指示されて、窓のカーテンを閉じていく。
為す術もなく部屋の入り口付近で立ち尽くすゴパルであった。
遅れて部屋に入ってきたいつもの男スタッフから、大きなカゴに入った赤と白のワインと、付けあわせの小さなパン、バター、それにワイングラスとフォーク等の食器類を受け取る。
白ワインは先ほどまで冷蔵庫に入れて冷やしてあったようで、水滴が多く瓶に浮かんでいる。赤ワインの方は常温で保管していたようだ。
男スタッフがゴパルからチップを受け取りながら、軽く肩をすくめて苦笑した。
「あの『行き遅れ三人娘』の面倒をみて大変ですね」
撮影はすぐに終了した。レカのスマホで写真の写り具合と、今回の料理映像を確認するサビーナである。概ね満足な出来だったようだ。
「それじゃあ、冷めないうちに食べなさいな、レカっち、ゴパル君」
ゴパルがワインや食器が入った大きなカゴを持ち込んで、テーブルの上に広げながら首をかしげた。
「え? サビーナさんとカルパナさんは食べないのですか?」
サビーナがポンとコックコートの腹を叩いた。ちなみにまだ全員がコックコート姿のままである。
「朝から料理の味見や試食をしてて、今はお腹いっぱいなのよ。あたしに構わずにさっさと食べなさい」
カルパナも少し照れながらゴパルに答えた。
「パメの家に私の分の食事があるので……塩と油抜きのいつものアレです。ナウダンダの親戚に不幸があったものですから」
それでも申し訳なく思っているゴパルに、レカが蹴りを入れてきた。よほど空腹なのか、今はスマホ盾を装備する余裕すら無い様子だ。
「ご託はいいからー、早く食べよーよー! でないと暴れるぞおっ。うりゃ、キックキック!」
サビーナが少し申し訳ないような表情になってレカを見た。
「旨味成分がトマトとチーズくらいしかないから、あまり期待しないでよ。ニンニクやタマネギも入ってるけど、少しだけだし」
そう言いながら彼女自身は、早速白ワインを開け始めている。パンも確保済みだ。
レカが喜々としてズッキーニの煮込みをスプーンですくい取って口に運び、次いでスクランブルドエッグを同じスプーンですくって食べた。緊張がほぐれたのか、へにゃ……と背筋が曲がり、体の緊張が抜けていくのが見て取れる。
「素朴だけどおいしー。サビっち、白ワイン早くくれー」
酒飲み階級のネワール族なので、迷いもなく酒を所望している。ゴパルも白ワインを頼もうかと誘惑にかられたようだ。レカに続いて手を挙げた。
「私にも一杯お願いします」
サビーナが白ワインを開けて、自分用の白ワイングラスに少し注いで味見をした。表情には特に変化が出ていないので、少しがっかりするゴパルだ。
(予想はしていたけれどね……まあでも、カマル社長の希望通りの展開になったのかな。バクタプール酒造産のワインが、赤白と両方真っ先に出された訳だしね)
サビーナが白ワインを、ゴパルとレカ用の白ワイングラスに注いでいく。ソムリエの給仕長ほどには洗練された所作ではないのだが、ワイン瓶の下端を片手で持っての給仕だ。
レカとゴパルにグラスを差し出して、軽いジト目になった。
「まったく……この酒飲み階級どもは。この料理には紅茶やコーヒーでも十分なんだぞ」
ゴパルが白ワインを一口含んでから、試食を始めた。やはりレカと同じように、ズッキーニの煮込みからスプーンをつける。それを口に運んで、目元を緩めるゴパルだ。
「何と言うか、その……家庭料理って感じですね。カボチャやイラクサの香辛料煮と似ているかな」




