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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
肥料も色々あるよね編
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二十四時間営業のピザ屋

 カルパナのバイクで一緒にレイクサイドのピザ屋に到着すると、ちょうど店の入り口付近で一人の山岳民族の男がウロウロしていた。トピ帽を被ってジャケットを羽織っている。

 彼の周囲にはチベット族や、グルン族、マガール族の若者が欧米人観光客と一緒にたむろしているので、あまり違和感が無い。早くも学生が下校してきたようで、次第に店内が混雑し始めてきていた。


 ゴパルが協会長から送られてきた顔写真を手掛かりに、その中年男に合掌して挨拶をした。

「タカリ族のビカスさんですね? 初めましてゴパル・スヌワールです。こちらは近くの農家さんのカルパナさん。ツクチェから遠路はるばる、ようこそお越しくださいました」

……が、その中年男は、キョトンとした顔をしている。

「いや、ワシはプン族だぞ。人違いだ」

「へ?」

 その彼の二人隣でチベット族と談笑していた中年男が、ゴパルに合掌した。

「あ、それワシだ、ワシ。ゴパル先生、初めましてラー。ビカス・ゴウチャンだラー」

 ゴパルが頭をかいて、改めて挨拶を交わした。

「すいません、顔写真をラビン協会長からいただいていたのですが……間違ってしまいました」

 ビカスがニコニコしながらゴパルの肩をバンバン叩いた。ゲホゲホとせき込むゴパルだ。

「その写真は何年も前のヤツだからな、見間違えるのも仕方がないラー。ははは」

 そんな写真を渡してくるビカスも相当なものなのだが、ここは一緒に笑う事にするゴパルであった。


挿絵(By みてみん)


 ビカスは身長が百五十センチほどなのだが、農家らしく筋肉質の体つきをしていた。何よりも顔や手が日焼けして黒褐色だ。パメで農作業しているケシャブや、チャパコットのスバシュよりも色が黒い。合掌した両手も大きくてゴツゴツしている。

 年齢は四十代後半で、黒髪は癖があって短く刈られている。眉はゴパルと似て、ややボサボサ気味だ。目もゴパルや協会長と似て、一重まぶたの黒い瞳持ちである。

 農家らしい姿ではあるのだがカルパナ達と違い、サンダルではなく中国製の革靴を履いている。かなり履き潰していて、靴の表面が毛羽立っていた。

 そして、何よりも違うのはトピ帽ではなく、色落ちしたカウボーイハットを被っている点だろう。隣で談笑していたチベット族の中年男も似たようなカウボーイハットを被っていたので、ゴパルが見間違えるのも仕方がない。違うのは、ビカスだけは首にタオルを巻いているという点だ。

 「ポカラは暑いラー、ジメジメしてて汗だくになるラ」

 ビカスがラーラー連呼しているのだが、これはグルン族のチャイに似たようなものなのだろう。ゴパルが雑談気味な口調で相づちをうった。

「私もアンナプルナ内院に居ましたから、ポカラが暑いのは分かります。とりあえず、首に巻いているタオルを外してはどうですか?」


 ゴパルがビカスを案内してピザ屋に入ると、まず最初に奥の会員席を注視した。

「今日はアバヤ先生は不在か。良かった、落ち着いて話ができるよ」

 カルパナがクスクス笑いながらも、ゴパルをたしなめた。早速、店員達がカルパナに合掌して挨拶をしてくるので、同じように合掌して挨拶を返している。

「ゴパル先生。そう邪険してはいけませんよ。アバヤ先生がピザ屋に入り浸っていると親戚に話したのが、功を奏した感じですね。患者さんが病院で待っているのに、休憩時間が長すぎるのは考え物でしたから」

 ゴパルが冷や汗を流して、会員席にビカスを案内した。会員席には他にも客が座っているのだが、カルパナを見るなり急いで料理や酒を平らげ始めている。彼らに軽く会釈をしながら、心の中で両目を閉じた。

(うむむ……恐るべしバッタライ家)

 カルパナも会員席に座ろうとしたのだが、その時、厨房から当番シェフが顔を出して挨拶してきた。ネワール族らしい雰囲気の三十代くらいの男だ。白いエプロンが油で結構汚れている。

「こんにちはカルパナ様。石窯ですが上々ですね。癖もつかめてきましたので、これから大活躍しそうですよ」

 カルパナが席から立って、当番シェフに合掌して挨拶を返した。ゴパルとビカスもつられて席を立っている。

「それは良かったです。ああ、せっかくですので、石窯の様子を見せてくださいますか? スマホで映像記録を撮っておきましょう」


 カルパナがそう言ったので、否応なくゴパルとビカスも一緒に厨房へ向かう事になってしまった。

しかし、厨房内へ入る事はカルパナが遠慮したので、ドアの外に立つ彼女達三人だ。カルパナの隣でゴパルとビカスが、置物人形のように所在無く立っている。

 石窯はスマホの映像を介して見るよりも、かなり重厚感あふれる印象だった。既に何度もピザやグラタン等を焼いているのだろう、焚き口がススで黒くなっている。石窯からおきが落ちる土台の内壁も、白い灰で覆われていた。

 感心するゴパルである。

「もう何年も使い込んでいるような印象ですね。ひび割れやレンガの歪み等は起きていませんか?」


 当番シェフが助手達に次々に料理の指示を飛ばしながら、ゴパルに満足そうな笑みを向けた。

助手達の返事は、サビーナがフランス料理系統なのか「ウイ、シェフ!」と体育会系統のようなものであった。直立不動の敬礼まではしていないが。まあ、ネパールにも「ハワス」があるので受け入れやすいのだろう。

「数か所生じましたが、耐熱モルタルを塗り直すだけで済みました。雑木の薪は、今やたくさんありますからね、経費節減に役立ちそうです」

 カルパナが微妙な笑顔を浮かべた。

「耕作放棄した段々畑や棚田に生えている雑木ですので、私としては素直には喜べませんけれど……有効活用できそうで何よりです。不満点の指摘や、改善点の提案は、どんなささいな内容でも送ってくださいね」

 当番シェフが力強くうなずいた。

「分かりました、カルパナ様」

 カルパナが照れながら話を続けた。

「ポカラのホテルやレストランだけじゃなくて、アンナプルナ街道の民宿でも石窯を作る計画です。指摘や提案は多いほど皆が喜びます。よろしくお願いしますね」

 当番シェフが直立不動の体制になった。

「ハワス! カルパナ様っ」

 苦笑しながらカルパナが石窯の撮影を終えて、ゴパルとビカスに振り返った。

「すいません、お待たせしました。客席へ戻りましょう」


 ビカスが目を白黒させながら、隣のゴパルの中年太りの横腹を肘で小突いた。頭に被っていたカウボーイハットを脱いで、胸の前で抱えている。

「なあ、ゴパル先生。カルパナ様って偉いお方なのですかい?」

 ゴパルが軽く笑いながら肯定した。

「ですね。有機農業の先生ですよ。私よりも専門家です」

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