ミカン園
とにかくも、少し時間が余ったので、ミカン園を網柵の外から観察するゴパルとカルパナであった。人が入り込むと、サンダルや靴底に付いている泥や土等を園の中へ持ち込む恐れがあるためだ。そのため、作業する前には所定の足洗い場で、靴やサンダルを消毒する必要がある。
カルパナが足洗い場を眺めて、首を否定的に軽く振った。
「でもまあ、鳥や野ネズミなんかは自由に行き来していますので、あまり意味は無いのでしょうね」
ゴパルも微妙な表情になって同意している。
「……ですね。でもまあ、やらないよりは、やった方が良いと思いますよ」
ゴパルが園内に入り、スマホでミカンの状況を撮影する。
段々畑は三つあり、それぞれに定植一年目、二年目、そして三年目のミカンの木が育っていた。もう一つ空地の段々畑があるので、来年はそこへ苗木を定植するのだろう。
全てのミカンの木は接ぎ木栽培だ。枝を太目の針金で上方向へ誘引しているので、一見すると巨大なホウキのように見える。
「病気や虫害が全く出ていませんね。驚きました。ミカンはまだ実る樹齢ではないのですよね?」
カルパナも一緒に彼女のスマホで撮影しながらうなずいた。
「はい。実るとすれば、来年以降になりますよ。それまでは樹勢を維持するために、花を全て摘み取っています。実がつくと、ミカンの木に負担がかかりますから」
そうして、簡単に栽培方法を説明してくれた。
今回は、ミカンの木一本当たりに、KLを散布して臭いを軽減させた堆肥を五百グラム施用していた。
「植物質の堆肥なのですが、以前は臭いが気になっていました。今回KLを散布した所、作業中でも気にならないくらいになりました。ケシャブさん達にも好評ですよ」
ゴパルが軽く首をかしげた。
「それは良かった。ですが、堆肥の施用量が少なすぎませんか? それだけでは肥料効果が乏しいような」
カルパナが素直に認めた。三年生のミカンの木に視線を向ける。
「はい。これまでは堆肥の生産量が少なかったですね。肥料不足でした。これからは、土ボカシをたくさん使えるようになりますので、ミカンの木もよく育つと思いますよ」
ゴパルが育種学研究室のラビ助手の言葉を思い起こしながら、カルパナと一緒にミカンの木を眺めた。
「化学肥料不足は毎年の事ですよね。私も生ゴミボカシや土ボカシには期待しています」
カルパナがにこやかに微笑んで、ミカン園の一角を指さした。そこにも水タンクが設置されている。
「水やりの時に、生ゴミ液肥と生卵入りの光合成細菌、それに食酢と塩を混ぜています。希釈倍率は五百倍ですね。少しでも肥料不足を補おうと思いまして。ゴパル先生、もっと濃くしても大丈夫ですか?」
ゴパルが冷静な口調で即答した。
「いえ。五百倍希釈が妥当ですね。もう雨期が終わりましたので、ミカン園が乾きやすくなります。塩類集積が起こりやすい環境になってきますから注意が必要です。根が浸透圧で破壊されてしまいますよ」
専門用語が混じったゴパルの話だったのだが、カルパナは理解できたようだ。素直に従った。
「そうですか、分かりました。土の湿気を長く保つように工夫しないといけませんね。ミカン園の中に木炭を埋め込んだり、表土を刈り草で覆ったりしましょう」
刈り草でミカン園を覆うのは保水面では効果的ではある。一方で害虫の巣にもなりやすいので注意が必要だ。
このミカンの木でも、根元回りだけは刈り草で覆わないようにするというカルパナの話だった。感心して聞くゴパルだ。
「へええ……そういう工夫をするのですね。カブレの親戚にも知らせてみようかな」
カルパナが嬉しそうに微笑んだ。
「ちょっと面倒ですけれど、効果は期待できますよ。雑草の種が大量に混じってますから、除草が大変になりますけれどね」
ゴパルがスマホを見て、メモの覚え書きを見つけた。頭をかいて、申し訳なさそうにカルパナに聞く。
「すいません、カルパナさん。ジヌーの温泉宿でヒラタケ栽培の実験をしたいとカルナさんが申し出ていまして……種菌を一本だけ融通してもらえませんか? 代金はカルナさんが支払うと言っています」
カルパナがニコニコしながら即答した。上昇気流が再びフェワ湖から吹き上げてきて、カルパナの髪がフワフワと持ち上がる。
「私もカルナちゃんから相談を受けました。構いませんよ。このキノコ種菌作りは、農家の副収入にするためですから。カルナちゃんが協力してくれるのは大歓迎です」
ほっとするゴパルだ。カルパナに礼を述べて、改めてスマホで時刻を確認した。
「ありがとうございます、カルパナさん。微生物学研究室としても農家の事例が増えるのは歓迎なんですよ。より実際に即した研究が計画できますからね。そろそろピザ屋に向かいましょうか。ツクチェの農家さんが到着する頃です」




