電話
その時、ゴパルのスマホに電話がかかってきた。画面を見て、少し驚く。
「あれ? ラビン協会長さんからだ。何だろう。カルパナさん、電話に出ても構いませんか?」
カルパナが素直にうなずいた。
「はい、どうぞ。私もサビちゃんにメールしておきますね」
スピーカーの形式にしたゴパルが電話に出た。これで、隣のカルパナにも電話内容が聞こえる。
「ハロー、ハロー。ゴパルです。何かありましたか? ラビン協会長さん」
スマホのスピーカーからラビン協会長の渋めの声がした。
「ツクチェのリンゴ農家のビカスさんが、ポカラに到着しました。夕方にゴパル先生と会う約束だったのですが、すいません。どうしましょうか。ビカスさんに夕方まで時間を潰してもらいましょうか」
困った表情を浮かべるゴパルだ。視線をカルパナに向けると、ニッコリと微笑んでくれた。
「お昼時ですし、レイクサイドの二十四時間営業のピザ屋で会いませんか? 会員席がありますので、それを利用しましょう」
今度は協会長が慌て始めた。
「カルパナさん、食事は私のホテルのカフェでできますよ。今から用意すれば大丈夫なハズです」
しかし、その申し出を断るカルパナだった。穏やかな口調で説得にかかる。
「いいえ。上品な身なりの外国人観光客が多いホテルでは、ビカスさんが緊張して話ができなくなる恐れがあります。学生も利用しているピザ屋の方が、喧騒もあって落ち着くと思いますよ」
口どもる協会長だ。
「う……確かに。ピザでしたらツクチェの民宿でも出していますから、口にした経験はあるはずですね。分かりました、ここはカルパナさんの案を採用しましょう。彼はまだバスパークに居ますので、私から連絡しておきますね」
どうやらビカス氏はスマホを持っていないらしい。なので、バスパークにある電話屋からかけているようだった。
協会長がその電話屋に連絡を入れて、そこで待っているビカス氏にピザ屋へ向かうよう指示するのだろう。
「では、申し訳ありませんが、ゴパル先生。ビカス氏をよろしくお願いします」
協会長の電話が終わり、ゴパルもスマホのスピーカーを解除した。
「バスパークからでしたら、バスを使ってピザ屋まで三十分という所ですね。タクシーならもっと早く着くかな」
カルパナも自身のスマホを手にして時刻を確認している。
「そうですね……私達の方が時間的な余裕があるのかな。では、時間潰しに近くのミカン園を見ていきましょうか。復活計画が順調に進んでいるんですよ」
育種学研究室が主導しているミカン復活事業の実験圃場をカルパナが指さした。確かに歩いていける程度の近さだ。ゴパルも同意した。
「そうですね。では、見に行きましょう。育種学研究室のゴビンダ教授とラビ助手にも、最新映像を届けたいですし」
カルパナがクスリと微笑んだ。
「そういえばダサインとティハール大祭がありましたので、一か月近くポカラへ来ていませんね。ゴパル先生はこまめにポカラへ来てくださるので、とても助かります」
照れるゴパルであった。研究者で野外採集では単独行動ばかりなので、こういった感謝の言葉には慣れていない様子だ。
菌やキノコの採集作業は、他人から見ると不審者の行動にしか見えないものである。実際、何度か通報されて地元警察の世話になっている。




