表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
肥料も色々あるよね編
578/1133

油搾り

 ゴパルが受け取ったチヤをすすりながら、駐車場に隣接しているオリーブ油精製用の小屋の中をのぞいてみた。

 大きな水槽に収穫したばかりの黒い実が次々に入れられて、水洗いされている。その後、大きな業務用の石臼に移されて、種ごとすり潰されていた。

 ペースト状態になった後は、ステンレス製の円筒形の網に入れられていく。筒が一杯になったら縦にして吊るし、油受けの容器を下に置いていっている。

「なるほど。農薬を使わない理由は、水洗いだけで済ましているからですか」

 そして、吊り下げられた円筒形の筒から、早くも油が滴ってきたのを見て興味津々の顔になった。

「へえ……油を搾るっていうから、重石を乗せるのかと思いましたが……重石なしで、ペーストの自重だけで油を搾るんですね」


 レカに撮影をするように命じたラジェシュが、ニコニコしながらゴパルの隣へ歩いてきた。小屋の中は関係者以外立ち入り禁止なので、二人とも窓の外から中を見ている。

 レカは文句を垂れながらも、専用の作業着へ着替えるために向かったようだ。レストランの厨房スタッフのような姿になるのだろう。小屋の中で作業をしている人達も、皆そのような服を着ている。

「サビーナさんの注文で、種ごとすり潰す場合と、果肉だけをすり潰す場合とに分けています。確かに風味が違いますね」


 サビーナがチヤをすすりながら、二人の近くへやってきた。そのままドヤ顔になって笑っている。

「月ごとに油の風味も違ってくるのよ。今の時期の油が一番強い癖かな。涼しくなるにつれて、大人しい風味に変わっていくのが面白いわね」

 ゴパルが首をかしげた。

「え? そんなに変化に富むのでしたら、料理に使う時に困ってしまうのでは……」

 ここまで言ってから、自身で気がついたようだ。

「あ。そうか、ブレンドするんだ」

 サビーナがチヤをすすってニンマリと笑った。

「あら。よく分かったわね、えらいえらい。ブレンドは私のレストランで料理に応じて変えているわよ。ピザ屋ではそうもいかないから、固定レシピのブレンドにしてるけど」

 感心するゴパルだ。

「はえー……さすがですね、サビーナさん。菜種油みたいに単純じゃないのですね」

 調子に乗った様子のサビーナが、上機嫌でゴパルの脇腹を小突いた。危うくチヤをこぼしかけるゴパルだ。構わずにサビーナが窓に顔を寄せて、中の作業を見る。

「あ、今は『油の花』を搾ってる所か。最高級品の油なのよ。今は赤みがかった焦げ茶色だけどね」

 ラジェシュがゴパルに説明した。

「ペーストの自重だけで搾ったオリーブ油の事ですよ、ゴパル先生。サビーナさんが言った通り、最高級品ですね。もちろん、この後で風味テストをして合格しないといけませんが」


 白い作業服に全身を包んだレカが、フラフラしながら作業小屋の中へ入っていくのが見えた。予想通り、小屋の中で作業している人達と同じ服装だ。

 レカがスマホを取り出して撮影を始めたのを、ニンマリと笑って眺めるラジェシュである。

 彼も上機嫌らしく、挙動不審で無駄の多い挙動がダイナミックになってきていた。髪の先が上下左右に加えて回転までし始めた。

「油の花は、ほぼ全量をサビーナさんが独占していますね。首都のレストランへ卸した方が儲けが多いのですが、ここはサビーナさんの顔を立てています」

 サビーナがドヤ顔のままで胸を張った。

「ポカラのホテル協会が独占して何が悪いのよ、ねえ? ゴパル先生」

 苦笑するしかないゴパルであった。気候がポカラと似ているカブレでもオリーブが栽培され始めたら、首都に近い分だけポカラ側が不利になるだろう。その可能性も考えているのかな、と想像する。

 カルパナが真面目な表情でゴパルに補足説明をしてくれた。彼女もチヤを手にしている。

「オリーブの造林を計画しています。実の生産量が増えれば、余剰分を首都に流す事もできるはずですよ」


 今や四人で小さな窓をのぞいているので、ゴパルがドギマギしている。そんなゴパルをニヤニヤしながら横目で見たラジェシュが、話を続けた。

「油の花を搾り終わったペーストは、積み重ねて重石をかけて本格的に油を搾ります。小屋の奥でやってますね。レカが撮影している辺りです、ゴパル先生」

 円筒形の網から取り出されたペーストが、ナイロン製のゴザの上に乗せられていく。作業員がそれらを積み重ねていき、最後によく磨かれた石を乗せた。ドッと勢いよく油がゴザから溢れ出し、下の容器に注がれていく。

 感心しているゴパルに、ラジェシュが説明をした。

「積み上げられたペーストの自重だけでも二トンくらいあります。これに石の重石をかけて油を搾っているんですが……熱も加えませんし、油を多く出すための添加物も使いません」

 カルパナがゴパルに再び補足説明をしてくれた。

「例えばゴマ油を搾る時には、蒸したりして熱を加えるんですよ。この間の椿油でも蒸していましたよね。オリーブの実は、熱をかけなくても油が取れます」

 そういえばそうだった、と思い起こすゴパルであった。


 レカが撮影を続けているのを見てから、ラジェシュが一番奥の一角を指さした。大きなタンクが並んでいる。

「搾った油を、タンクに入れて数時間ほど静かに置きます。水と油とを分離させるためですね。油だけを吸い出して、そのまま貯蔵します。防腐剤を使わずに二年間ほど保存できますよ」

 サビーナがドヤ顔のままで口を挟んだ。

「防腐剤なんか入れさせないわよ。ほとんどポカラのホテル協会だけで、一年以内に使い切ってしまう訳だし。だけど開封したら、なるべく早く使い切るように指導してるかな」


 レカが疲れ果てた表情で、こちらを見て両手を力なく振っている。どうやら限界に達したようだ。ラジェシュが首を掻き切る仕草をして反応し、それから親指を立てて仕事の終了を知らせた。

 たちまち元気を取り戻したレカが、脱兎のように俊敏な動きで小屋から出ていく。

 その後ろ姿を苦笑しながら見送ったラジェシュが、サビーナに顔を向けた。彼女は既に目をキラキラ輝かせている。

「では、今年のオリーブ油の味見をしに行きましょうか、サビーナさん」

「待ってました!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ