河岸段丘を越えて
車を止めると、すぐに野良着姿のレカが駆け寄ってきた。
「いらっしゃーい。げ、山羊が居るっ」
慌ててスマホ盾をポケットから取り出して装備している。ゴパルももう慣れた様子で、にこやかな笑顔でレカに挨拶した。
「こんにちは、レカさん」
それを横目で見ていたカルナが、ジト目をゴパルに向けた。
「ここでも迷惑をかけたの?」
そうではないと言いかけたゴパルの脳裏に、リテパニ酪農裏手の汚水処理システムへの飛び込み事件がよぎった。両目を閉じて頭をかく。
「……ですね。服の洗濯をさせてしまいました」
そんなゴパルの反応を全く無視して、サビーナがレカに駆け寄って聞いた。彼女の両肩をガッシリとつかんで揺らしている。
「レカっち! 早くオリーブ油の出来立てを見せなさいっ」
レカがスマホを持っていない方の手を力なくフラフラ振りながら、ニンマリと微笑んだ。
「あ~う~揺するなあ~。今日はオリーブのー、収穫から撮影する計画でしょー。油絞りは最後の最後ー。順番を守れーサビっち」
サビーナが渋い表情になった。
「うぐぐ。こんな時に限って順番を守るのかよ」
そこへ、事務所の中からレカの父のクリシュナ社長が顔を出した。やはりラジェシュやレカと同じく、無駄な動きが多く混じっている。
「サビーナさん。オリーブ油の味見の準備をしていますんで、畑でも見物して時間を潰してください」
レカがサビーナの両肩をポンポン叩きながら、顔をカルナに向けた。
「おはよーカルナちゃん。ゆっくりしてってねー。そこに居るゴパル山羊には近づかない方が良いよー。牛糞まみれにされるぞー」
既にカルナはゴパルから離れていたのだったが、レカの忠告を聞いてさらに距離を置いた。ジト目を再びゴパルに投げかける。
「何やってんのよ、この山羊は」
ゴパルがあうあう言い始めたので、ラジェシュが満面の笑みを浮かべてピックアップトラックのエンジンを再始動させた。
「それじゃあオリーブ畑へ向かいましょうか。ゴパル山羊先生は、カルパナさんのバイクに乗ってください」
同時にカルパナがバイクに乗って戻ってきた。このバイクはリテパニ酪農の物だ。
カルパナのバイクがピックアップトラックを先導する形で、オリーブ畑に向かう事になった。オリーブ畑はリテパニ酪農がある場所から南へ河岸段丘を降りて、川に架かった橋を渡った先にある、対岸のバグマラの町にある。
途中にあるサキシマフヨウの林を見上げると、白い花がたくさん咲いていた。
(それでも、やっぱり見た目はただの雑木だなあ……ネパール和紙の材料に使えるそうだけど)
そのような感想を抱くゴパルだったが、続いて前方に見えてきたオリーブ畑を見上げると感嘆した。
「おお、これが熟したオリーブですか。真っ黒い実なのですね。これはやはり、南向きの斜面に植えた方が良かったのでは」
カルパナがバイクを運転しながら、少し困ったような口調で答えた。今は運転中なので後ろに座っているゴパルには振り返らずに、サイドミラー越しにチラリと視線を投げかけている。おかげでハンドルが少し切られて、バイクが蛇行してしまったが。
「ここまで大きく育ってしまうと移植は難しいですね。ポカラでもオリーブ栽培ができると分かりましたので、次からは日当たりの良い斜面を選びますよ」
そして、作業員に片手を振って挨拶をしてからバイクを止めた。
「はい、到着しました。早速見て回りましょう、ゴパル先生」
ゴパルが先にバイクから降りて、二人分のヘルメットを手に持った。
「了解です。レカさんの出番ですね」




