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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
肥料も色々あるよね編
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トマト談義

(とりあえず、ここは別の話題をしてみよう)

 ゴパルがそう考えて、ちょっと考えた。とはいえ、彼は微生物専門バカなので、しゃれた話題なんか思いつかない。まさかここで、酵母菌の野生株や醸造用株の培養失敗あるあるネタとかすれば、滑るどころの話ではない。

 ポカラのバスパークを通り過ぎたので、乗客の群れを眺めながら思いついた話題を口にした。

「あ、そうだ。カルパナさん。ポカラではトマトって冬栽培もできるんですよね。夏の間に栽培したトマトはどうするのですか? やはり引っこ抜いて廃棄処分ですか」

 農業ネタで切り出したゴパルであったが、いうまでもなく最善の手では無い。どちらかといえば悪手だ。車に乗っている人が都市部の出身であれば、瞬時に車内の空気が微妙なものに変わっただろう。

 しかし幸いな事に、車内に居る面々は農家だった。即座に、カルパナが明るい表情になって反応した。

「夏トマトですが、ハウス栽培で保温すればもうしばらくの間は栽培できますよ。ですが、トマトがあまり実らなくなりますので、商業生産は無理になりますね。ゴパル先生の仰る通り、引っこ抜いて堆肥にします。冬トマト栽培に切り替えますよ」


 カルパナの話によると、トマト栽培では脇芽を全て摘み取って、真っすぐに育てるらしい。そのため、トマトの花が付く場所(花房)も次第に根元付近から遠く離れていく。

 ある程度までならば大丈夫なのだが、あまり離れすぎると花の数が減ってくる。収穫作業も大変になるので、引っこ抜いて処分する事になるそうだ。


「小玉のトマトでしたら、地面に這わせて育てる事もできますよ。ですが、ポカラは雨が多くて腐りやすいのでちょっと……これからの季節でしたら大丈夫ですけれどね」

 なるほど、とうなずいて聞いているゴパルに軽く微笑んだサビーナが、少し苦笑気味な表情に変わってカルパナにツッコミを入れた。

「見た目はキレイなんだけど、たまに中身が腐ってるトマトがあるのよね。種の部分にカビが生えていたり、果肉が柔らかくなって異臭がしたり」

 サビーナの口調が次第に険しくなってきた。

「市場で買うトマトなんかホルモン剤を使ってるから、皮だけが赤いのよ。果肉は緑っぽいままだから風味が酷い事になるわ」


 ちなみにトマトは、緑色のままで食べない方が良いだろう。緑色の状態で食べる品種もあるが、赤や黄色に熟してから食べる一般的な品種では、食中毒にかかる恐れがある。


 カルパナが真面目な表情になって小さく呻いた。

「芯腐れや尻腐れ病の初期症状よね。注意してはいるんだけど、ごめんね。生ゴミボカシ肥料が使えるようになったから、改善できると良いな」

 続いてカルナが腕組みをして、小さくため息をついた。

「セヌワは寒すぎてトマトの栽培が無理なんですよね。ジヌーは谷底だから日が当たりにくいですし。欧米人ってトマト好きが多いから、栽培できれば売れるんですけどね」

 そして、軽いジト目になった。

「ガンドルンだと夏の間だけは栽培できるんですよね。癪に障るから買いませんけど。ポカラとかナヤプル産のトマトを、ロバ隊にセヌワまで運んできてもらう程度ですよ。でも荷痛みがシャレにならないのがね……」

 農業の話題になると皆生き生きしてくるなあ、と感心するゴパルであった。本人は農家ではないので、ひたすら聞き役に徹するしかないのだが。


 車は、ちょうど橋の前の急カーブを終えた所だった。前回は急ハンドルを切って曲がったので、カルパナがゴパルに肘打ち体当たりを食らわせる事態になった場所だ。今回は丁寧に減速し、カーブを曲がって橋を渡っている。

 運転中のラジェシュにジト目の視線を投げかけたカルパナが、ゴパルにもう一つ話し始めた。

「夏トマトですけれど、自家採種をしていますよ。ちょうど始めた頃ですね。ポカラの気候に合うように慣れさせています」

 ゴパルが興味津々で聞いている。すっかり後部座席側に体を向けていた。首だけを向けていたので疲れたのだろう。

「自家採種ですか。在来品種ならではの育種方法ですね。ポカラは亜熱帯ですから、トマト栽培に適した気候です。サビーナさんの好みに合ったトマトができるかもしれませんね」

 サビーナが少しドヤ顔になって微笑んだ。

「もうかなり、好みの風味のトマトになってきてるわよ。料理動画を始めたのも、ポカラ産のトマトを普及させたい思惑があるのよね」

 確か今日は、リテパニ酪農で料理の撮影をする予定だったっけ……と思い出すゴパルだ。そんなゴパルの表情を伺っていたカルパナが、遠慮がちに聞いた。

「ゴパル先生。トマトの自家採種を見てみますか?」

 ゴパルがたじろいだ。

(う……これは、もしかすると仕事が増える前兆かな?)

 車は、橋を渡った先にある軍の駐屯地前に差し掛かっていた。減速用に設けられたカマボコ型のハンプを、十分に減速してゆっくりと乗り越える。ガッタン、ガッタンと二回、車が大きく揺れた。

「今見てしまうと、仕事に加えてしまいそうです。来年でしたら、多分仕事も落ち着いていると思いますので、その時に見せてください」

 カルパナが朗らかな笑顔になった。

「分かりました。来年ですね。見に行きましょう」 


挿絵(By みてみん)


 カルナが思案しながらカルパナに聞いた。

「カルパナさん。そのトマトの自家採種って、セヌワやジヌーでもできますか?」

 カルパナが軽く頬をかいた。幹線道路から外れたので道がデコボコになり、車がガタゴトと揺れながら走っている。

「霜が降りない場所なら、何とかハウス栽培でできるかも。でも、ハウス建てるのは、結構お金がかかるかな。竹製の簡易ハウスだと、トマトを支えられないし」

 カルナが腕組みをして大きく呻いた。

「ですよねー……ハウス建てるくらいなら、宿屋建てた方が良いですよね」


 そんなカルナを見て、ゴパルが一つ思い出したようだ。

「ああ、そうだ。カルナさん。先日セヌワで採取した乳酸菌ですが、残念ながら使えそうな菌株ではありませんでした」

 カルナも忘れていたようだ。ゴパルに言われてから、少しして両手をポンと叩いて気がついた。

「あ。アレか。カビまみれになったパンの事よね?」

 ゴパルが首を振って否定した。眉をひそめているので、否定の意味合いの首振りである。

「それではない方です。パンの青カビについては有望ですよ。今は、毒性試験を繰り返して安全性を確かめている段階です」

 今度はカルナが怪訝な表情になった。

「それって、青カビチーズに使う目的のヤツでしょ。アレ、臭くて嫌いなんだけどな」

 カルパナも即座に同意している。一方でサビーナだけは、苦笑しながらも肯定的な態度だ。

「まあまあ、そんなに毛嫌いしないでって。臭いに慣れれば食べられるようになるわよ」

 同意しないカルパナとカルナであった。ゴパルとラジェシュは酒飲みなのでサビーナに同意しているようだが。そのラジェシュが車を止めた。

「へい、到着しましたよ。ようこそリテパニ酪農へ」

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