移動中
カルパナ種苗へ来たのは、レカの兄であるラジェシュが運転するピックアップトラックだった。リテパニ酪農の車だ。クラクションを鳴らしてから、ラジェシュが運転席から身を乗り出して手を振っている。
相変わらず、無駄な動きが多いようだ。首の後ろで束ねている髪も、一緒になって不規則な動きを見せている。
「やあ、迎えに参りましたよ、お姫様達と山羊先生」
車の中では、ゴパルが助手席に座り、カルパナとカルナ、サビーナの順で後部座席についた。
カルナはカルパナとサビーナの間に座っているせいか、少々緊張しているようだ。が、ゴパルと目が合った瞬間に、無言でにらみつけてきた。森に埋められてはたまらないので、慌てて視線を逸らすゴパルだ。
ラジェシュが、そんなゴパルの挙動を愉快そうに横目で眺めながら、車を発進させた。
「もう一台車があれば、窮屈な思いをしなくて済むんですけどね。どうか了解してください、ゴパル先生」
ゴパルが頭をかいて恐縮している。
「私も、車の運転免許証は持っているんですけれどね……どうも運転の才能は欠如しているようです」
カルパナがクスクスと微笑み始めた。
「私も、ゴパル先生は車の運転をしない方が良いと思います」
そう言いながら、少し考える素振りを見せた。
「そうですね……私が車を買うというのも一案ですね。家に相談してみます。農業の規模が大きくなると、バイクだけでは不便になりますし」
サビーナがカルナの肩越しに、カルパナに声をかけた。
「良いんじゃない? カルちゃんの腕ならダンプトラックでも余裕でしょ。ほら、前に黙って運転した事が……」
「わーわー! わー! サビちゃん、な、ななな、何を言ってるのかなあ?」
時すでに遅し。ゴパルやカルナにも察しがついてしまったようだ。
両手を振り回して、なおも弁明を続けたカルパナであったが、すぐに顔を真っ赤にしてうつむいて黙ってしまった。
カルナが尊敬の眼差しで、隣のカルパナを見つめている。
「すごいですね、カルパナさん。今度、仕事を頼んでもいいですか? ナヤプルまでで構いませんので」
サビーナがカルナの肩を持ちながら、含み笑いを浮かべた。
「モーターボートの操縦も上手なのよ、この子。フェワ湖で暴れてた外国人ジェットスキーヤーを、モーターボートで追い詰めて座礁させて、警察に突き出したという武勇談があってね。聞きたい?」
カルナの一重まぶたの黒い瞳が、キラキラと輝きだした。
「聞きます、聞きますっ」
カルパナが顔を真っ赤にしたままで、カルナとサビーナに抱きついた。
「こらあー! そんな話はしないのー!」
そのまま後部座席で三人のじゃれ合いが始まった。その様を、バックミラーで見ていたラジェシュが、助手席のゴパルに視線を移した。今はポカラ国際飛行場に沿った道を走っている。
「昔からこんな感じなんですよ。でもまあ、先日のピザ屋での乱闘騒ぎは行き過ぎでしたけどね」
ラジェシュはその乱闘に加わっていた本人なのだが、他人事にような口調でしゃーしゃーと話している。ゴパルは当時現地には居なかったのだが、音声では聞いていた。素直にうなずくゴパルだ。
「確かに、厨房の中での騒動は良くなかったですよね。包丁や食材もあったでしょうし、危険行為ですよね」
後部座席でじゃれ合っているサビーナが、仏頂面になって弁解した。
「反省してるわよ、もう。あれからラビン協会長や警察の偉い人からも、こっぴどく叱られたんだから。減給三か月の罰まで食らったのよ」
カルパナもじゃれ合う手を休めて、神妙な表情になった。
「私も両親や親戚に叱られました。ケガをした人が出なかったのが幸運だったと、隠者様からも説教を受けてしまいました」
一方のカルナはきょとんとした表情をしている。彼女はその乱闘騒ぎに出くわしていなかったので、知らなかったらしい。おかげで、後部座席が静かになった。




