キノコの種菌つくり その一
まず最初にゴパルが、PDA培地の状態を確認した。中古の冷蔵庫を開けて、一つ一つ取り出す。
その表情が満足なものに変わった。スバシュとビシュヌ番頭にニッコリと微笑む。
「上出来ですね。菌糸の勢いも良好です」
スバシュとビシュヌ番頭が、視線を交わして安堵した。やや吊り目のスバシュの目尻が下がり、への字型の眉も角度が緩くなる。
「そうですか、良かった。意外に結構、PDA培地にカビが生えて失敗するのですね。種菌会社の苦労が分かったような気がします」
ビシュヌ番頭も切れ長の目を細めて、太い眉を寛がせている。
「ですが、最近は失敗数も減ってきました。慣れると何とかなるものですね」
カルパナが目を輝かせてゴパルに聞いてきた。
「では、ゴパル先生。これを使ってヒラタケやオイスターマッシュルーム、それにフクロタケの種菌の種菌を仕込んでも構いませんね?」
(本当にキノコ好きだなあ)
ゴパルが目元を和ませながら、カルパナ達三人にうなずいた。
「はい。ぜひ行ってください。あ、でも、本業の種苗店や、畑仕事に支障の無い範囲でお願いしますね」
ハイタッチをして喜ぶカルパナ達だ。
カルナが腕組みをして考え始めた。
「コレなら、セヌワでもできるわよね。民宿のローン返済が山場を越したら、考えてみるか。ゴパル先生、シイタケは無理なのよね?」
ゴパルが頭をかいて謝った。
「シイタケの場合は、種菌の種菌までなら可能なのですが、その次の種菌の有効期間が短いのですよ。種菌の作り溜めができないので、ほだ木に一気に種菌を打ち込めません。種菌製造会社から買って、それを使った方が便利だと思いますよ」
シイタケのほだ木栽培では、種菌の打ち込みに適期がある。それを逃すと、シイタケの発生が減少したりする。
カルナが軽く肩をすくめて、口元を緩めた。
「そうよね。ま、シイタケの場合は卸値が高いし、種菌を買っても儲けが出るか。他のキノコで、PDA培地が使えそうな種類を探しておいてよ、ゴパル先生」
ゴパルが素直にうなずいた。
「エリンギが可能かもしれませんね。後でラメシュ君に聞いてみます」
カルパナがカルナに補足した。エリンギと聞いて、カルパナの二重まぶたの黒褐色の瞳が、キラキラし始めている。
「ラメシュ先生は、ゴパル先生と同じ研究室の博士課程ですよ。キノコが専門です。質問に気さくに答えてくれますよ。後で、彼の連絡先を教えますね」
カルナが首をかしげて、少しの間考え、それからジト目をゴパルに向けた。
「……って、そのラメシュ先生の受け売りで、今ここで話してるのか。このゴパル山羊は。違うな、ゴパル伝書鳩か」
新たな二つ名が誕生してしまった瞬間であった。カルパナがクスクス笑う。
「ゴパル鳩ですか……サルミソースで料理されないように、気をつけてくださいね」
ラメシュから情報を得ているのは事実なので、ぐうの音も出せないゴパルであった。
「ハイ、気をつけますです」
余談が過ぎたので、スバシュがゴパルを急かした。
「ゴパル先生、そろそろ種菌つくりを教えてもらいたいのですが……」
「そ、そうですね。始めましょう、始めましょう」
ここでカルパナが申し訳ない表情になって、ゴパルに謝った。
「すいません、ゴパル先生。予定が立て込んでいまして、種菌つくりの実習時間があまり取れませんでした。ほとんど口頭での説明だけになってしまいますよね、すいません」
ゴパルが頭をかいて、反対に恐縮した。
「実習内容は、前回のPDA培地作りと似たような感じですから、理解できると思いますよ。後は、皆さんで各自練習してくれれば大丈夫でしょう」
スマホを取り出して、カルパナ達やカルナに見せた。
「分からない点がありましたら、その都度質問してください。では、始めましょうか」




