ティハール大祭
ティハール大祭は五日間に渡って行われる。
初日はカラスに、二日目は犬を祝福する日だ。しかし、鳥害や狂犬病の被害者が毎年出る上に、餌を与えると数が増えるという事で、毒餌を与えてカラスと野犬を駆除するキャンペーンが行われている。
そのため、首都では三日目のラクチミ祭から本番となる。
ラクチミ祭では、一緒にガネシュという頭が象の神にも祈る。ガネシュ神は、そのものズバリの商売の神なので、セットで祈る事になる。一応は、ラクチミ神に対しては幸運を、ガネシュ神に対しては除厄を願うように分けられているが。
商売繁盛と蓄財とその加護を祈る際には、祭壇にお金や、金銀製の装飾品等を供えるのが習慣だ。ラクチミ神はキレイ好きで、花や美術も好きなので、前日までに大掃除をする家が多い。
そのため、初日と二日目は、ゴパルがせっせと大掃除を行う日でもある。
ケダルは当然のように参加せず、嫁の居る家に引き上げていた。ゴパル父と母は、大掃除を眺めながらチヤをすすって、ゴパルに掃除の指示を出している。女の使用人は、チヤ当番だ。
ゴパルがせっせと電飾を家の壁に取り付けたり、大掃除をしたり、ゴパル母と女の使用人が円形の華やかな模様を床に描いたり、花で飾ったりするのも、全てラクチミ神のご機嫌取りのためである。
家業が大家業や不動産建設業なので、熱心になるのも当然だろう。
この日の食事には、肉を使わないのが習慣だ。なので、夕方にもなると、ぐったりしているゴパルであった。
「次男だからといって、酷使のし過ぎだあああ……」
ゴパル父がチヤをゴパルに手渡して、肩をポンポンと叩いた。
「まあ、そう言うな。来年からは、戻ってこれない事もあり得るのだろう? だったら、今のうちに使い倒しておくのが親の愛だよ」
「何ですか、その愛は……」
ゴパル母が居間に下りてきた。
三階の調理場では、夕食の準備が進んでいる様子だ。香辛料と油の臭いが、居間にも漂ってくる。
「チヤを飲んでる暇があるんだったら、お隣さんの家に行ってきなさい。最終日のバイティカで、あそこの娘さんにお世話になるんだから。何かお菓子でも持って、ご機嫌取りに行ってきなさい、ゴパル」
ゴパルがジト目になってチヤをすすった。
「ケダル兄さんの奥さんは、来ないのですか?」
ゴパル母が同じようにジト目になった。
「嫁方の親戚回りでそれどころじゃないって、ケダルが謝ってたわ。ゴパル、アンタがさっさと結婚しないから、こんな苦労をする羽目に陥ってるのよ。来年はポカラへ突撃して、嫁を見つけてきなさい。いいわね?」
結局、チヤを途中で残して、隣の家に菓子折りを持たされて、ご機嫌取りに行かされるゴパルであった。
家の外では、近所のガキ共が連れ立って、デウシと呼ばれる歌とダンスを適当に披露し、金とお菓子をたかってきた。皆、小学校低学年だ。
ゴパルが彼らにそれぞれ一ルピー札を渡すと、あからさまに見下した態度をとってきた。
「ち、たったこれっぽっちかよ!」
「十ルピーくらい寄越せよ、オッサン!」
「セルローティくれー、ジジイ!」
ゴパルが自虐的に笑って肩をすくめた。
「済まないね。私も金欠で困っているんだよ」
とたんに、デウシの歌が始まった。
「俺たちゃ、勝手にやって来たんじゃねえぞ、王様に命じられてやって来たのさー。一ルピーしか有り金がねえヤツには用はねえ。うりゃ! 金欠オッサン、セルローティよこせー」
デウシの歌は、最初の一文だけ固定だ。他の部分の歌詞は即興である。
マーダルと呼ばれる、首から紐でぶら下げた太鼓を、ポコポコと叩きながらリズムを取っているのが癪に障る。
結局、さらにもう一ルピーずつ分捕られて、やっと解放されたゴパルであった。
バイティカの日の前日は、牛の日と呼ばれる。文字通り、飼っている牛を祝福する日だ。ただこれもゴパルの家では牛を飼っていないので、特にする事は無い。




