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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
肥料も色々あるよね編
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ゴビンダ教授

 ゴパルの両親や兄のケダルとの挨拶が一通り済んだので、スマホ画面を再びゴパル自身の顔に向けた。

「それでは、この辺りで通話を終わりましょうか、教授」

 クシュ教授が口をへの字に曲げて、提案を拒否してきた。

「もう少し付き合え。今、僕達はタクシーに乗ってレストランへ移動中なのだよ。店に着くまでの暇つぶしに協力しなさい、ゴパル助手」

 言われてみれば、二人の教授が座っているのはタクシーの後部座席だ。

 画面の端には窓ガラスがあり、街灯が灯った街の景色が、後方へ向けて流れ去っている。走行中のようだ。


 がっくりと肩を落としたゴパルが、テーブル上の去勢山羊肉の香辛料炒めを自身の小皿に盛る。

「はい、教授。それでは、河川敷の花火大会でも映しましょうか? レカさんが撮影するのは、ポカラの花火大会でしょうから」

 ホテル屋上から見る花火大会は、いよいよ本格的に打ち上げ花火の連射が始まろうとしていた。轟音が絶えず夜空に鳴り響いて、色とりどりの大小様々な花火が鮮やかな火輪を咲かせていく。

 ヒマラヤ山脈は、雲に包まれていて見えないのが残念だ。

 クシュ教授がニヤリと笑って、ゴパルの申し出を断った。

「花火大会は、ここバングラデシュでもあるのだよ。隣のゴビンダ教授が、ゴパル君に一言あるそうだ。彼に代わろう」


 スマホ画面にゴビンダ教授の顔が、ひょっこりと現れた。

 年齢はクシュ教授と同じくらいで五十代後半といったところだろうか。細い切れ長の黒い瞳で、細く鋭い眉が印象的の、太鼓腹持ちだ。つまり、クシュ教授と同じくデブという事になる。

 ただ、彼と違い常時メガネをかけているので、より知的に見える。頭も禿げ上がっていないのだが、髪型が適当過ぎる角刈りなので、はなはだ残念な印象になっているが。服装は、白い半袖シャツに安いジーンズだ。

「ゴパル君。シコクビエだがね、ようやくゲノムデータ解析が完了したのだよ。今後は用途に応じての品種改良が容易になるはずだよ」


 彼が指摘したのは、遺伝子を編集する事によるシコクビエの育種についてだ。

 ゲノム編集と呼ばれる。その作業に必要となる遺伝子のデータ収集と、その解析が終わったという意味である。実際には、染色体に含まれる遺伝子だけでなく、飾りのデータも含まれているが。

 ちなみに遺伝子は、生命活動に必要な各種タンパク質等を合成するための設計図だ。一つ一つのタンパク質等の合成に対応して、個別の遺伝子が割り振られてある。

 この遺伝子をまとめた総称がゲノムだ。日本語に訳すと『全ての遺伝情報』となる。

 なお、ゲノムを調整する機能を持つ飾りが、染色体に付いている事がある。これは個体差が大きく、同じ遺伝子が機能しても、その効果が変化する要因になる。または、機能しなくさせる事もある。

 ゴビンダ教授が話したのは、この飾りも含めた解析データの事だ。さらに植物ミトコンドリア内の遺伝子も含まれている。


 シコクビエは、米栽培がネパールで広まる以前から、広く栽培されていたと考えられる雑穀作物だ。雑草のオヒシバと、未知の種が融合して生まれた品種である。

 栄養価が高いので、健康食品として見直しが行われている。また、干ばつや低温等に対する、高い環境耐性を有するのも魅力だ。


 ゴビンダ教授が話を淡々と続けた。

「世界各地で在来種が多く栽培されているのだが、これらの多様性が非常に豊かなのだよ。育種によって生産性や栄養価を、さらに高める事が可能だ。そのうちに、蒸留酒向けの適合品種も開発されるだろう」

 ここでクシュ教授が画面に割り込んできた。窓の外の夜景の動きが止まっている。

「レストランに着いたな。では、僕達はこれで失礼するよ」

 そのまま、さっさと通話を切るクシュ教授であった。完全に、タクシー移動中の暇つぶし目的だったようだ。

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