タメル地区
タメル地区は、バラジュ地区から橋を渡って歩いて三十分ほどの距離にある、ネパール最大の繁華街だ。今回はタクシーを使ったので、五分もかからずに到着した。
既に交通規制が敷かれていて、タメル地区内は歩行者天国になっているようだ。ゴパル達もタメル地区の外でタクシーを下りた。
首都のタクシーは運賃メーター付きなので、乗る前の運賃交渉は不要だ。
ただ、メータータクシー事業者協会に加入していない者も居るので、そんなタクシーに乗った際にはトラブルが起きやすい。
そのため、協会加入のタクシー運転手には、黄色地に白縞模様の袖無しジャケットの着用が義務づけられている。背中にはタクシー運転手という英語表記があるので、外国人観光客にも判別しやすい。今回予約した運転手も、このジャケットを羽織っていた。
日没になり、空が暗くなってきていた。それに反応するように、周囲のビルやホテル、商店やレストラン等の電飾が派手に灯り始めてくる。ほとんど全ての建物が、屋上から玄関までをすっぽりと電飾で覆っているので、かなり明るい。
人込みに押されながら、ゴパルが周囲の電飾を見上げて、呆れ気味につぶやいた。
「電力不足に燃料不足なんだけど、毎年凄いなタメル地区は」
ケダルが両親を案内しながら、ゴパルに振り向いた。
「稼ぎ時だからな。他の店よりも派手に灯さないと、客が寄ってこないと思っているんだろうさ。オイ、はぐれるなよゴパル」
タメル地区の通りは、地元ネパール人や外国人観光客でぎっしりと溢れかえっていた。大道芸人や楽団も居て、そこかしこで芸や演奏を披露している。
加えて屋台も数多くあるので、誰かが転んだらドミノ倒しでも起きそうなほどの混雑ぶりだ。
ゴパル達はそんな混雑しているタメル地区の中心地へ足を向けず、北の方のホテルへ入った。その屋上へ、エレベータで上っていく。
ゴパル母が、きれいに着飾ったサリー姿で、ジト目になりながら眼下の人込みを見下ろした。
「街の電飾を見て回って楽しみたいけれど、こんなに人だらけじゃあね。ティハール大祭は明日からだというのに」
ゴパル父は長袖シャツの上にベストを羽織り、スラックスに革靴の姿だ。
ケダルとゴパルも同じような服装で、ベスト無しである。ただし、ネクタイは三人とも締めていない。女の使用人は留守番をしているようだ。
ゴパルも人で溢れている通りを見下ろしながら、肩をすくめた。
「バクタプール市内でしたら、これほど混雑していないのですが……バラジュからでは遠いですね。タクシーも嫌がって予約できないでしょうし」
エレベータを下りて、さらに階段を上ると屋上へ出た。
このホテルは地上十階建てだ。それでも周囲のホテルがそれ以上に高いので、見晴らしはあまり良くなかった。
ただ、タメル地区を上から見ても、大して面白い風景ではない。ゴパル達も、タメル地区とは逆の北の方向に顔を向けている。
受付から戻ってきたケダルが、北の方向を見て少し残念がった。
「おう……もう始まってしまったか」
ホテルの屋上からは河川敷が見えていて、そこで花火大会が行われていた。
まだ序盤なので、単発の打ち上げ花火に留まっているようだ。位置としては、バラジュ地区とタメル地区との間に流れるビシュヌマティ川の河川敷になる。
受付がフロアスタッフを呼んで、ゴパル達四人を予約席へ案内した。
屋上なので屋根が無いオープンレストランである。西の空が暗くなり始めているので、間もなく夜のとばりが下りるだろう。




