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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
肥料も色々あるよね編
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試食と雑談

 出来上がったばかりのズッキーニのトマト煮と、ビュッフェ形式の夕食で出されている同じ料理を、ゴパルが見比べた。見た目は全く同じだ。

 早速、ズッキーニをフォークで切って一口食べた。その顔が和んでいきながらも、感心した表情に変わっていく。

「美味いなあ。この料理って、こんなに手が込んでいたのですね。驚きました」


 サビーナが薄いゴム手袋を外して手を洗ってから、余ったソースを使い捨てスプーンですくって口にした。

 まあまあの出来だったようだ。可も無く不可も無し、というような表情をしている。

「これで手が込んでいるだなんて言ったら、厨房の中の仕事を見たら気絶するわよ、ゴパル君」

 続いてズッキーニをスプーンで切って口に運んだ。これもまあまあの出来だったようだ。口調が変わらない。

「ここのビュッフェ型式の料理はね、厨房スタッフの新人が担当してるのよ。この手の料理は、あちこちのホテルやレストランや食堂でよく出すから、転職しても即戦力になるし」

 ゴパルが軽く頭をかいた。

(いやいやいや……なかなか見かけないですよ。普通のビュッフェって、市販のソーセージを焼いただけですって)


 表面上は、ゴパルが素直にうなずいているので、サビーナが少しドヤ顔になった。そのままの勢いで、ビュッフェ形式の一角にあるスープ鍋を指さす。

「でも、あたしのレストランで働くからには、スープもやってもらうけれどね。ゴパル君、アレが本物のコンソメスープよ。まあ、材料はポカラ産を中心にした国産品ばかりだけど。味を脳髄に刻み込んでおきなさい」

 ゴパルが思わず直立不動の姿勢になった。両手には皿とフォークを持っているが。

「ハ、ハワス! サビーナさん!」


 その様子を撮影したレカが、満足そうにニマニマ口元を緩めている。彼女はズッキーニを半分ほど食べ終えていた。

「ネタ提供ありがとー、ゴパルせんせー。明日には動画を公開するから、お楽しみにー」

 カルパナもズッキーニを半分以上食べ終えていた。頬と目元を緩めながら、思案している。

「豚肉って、こうして食べると美味しいのよね……山羊みたいに、去勢すれば不浄扱いから外れるかしら。ゴパル先生、雄の子豚の去勢って可能でしょうか?」


 ヒンズー教では豚肉は不浄扱いである。牛肉ほどでは無いが。

 一方で、去勢した雄山羊の肉は、鶏肉と同等とされている。ちなみにこれは、食べられても良いよ、と雄山羊が同意したという、儀式めいた建前の上に成立している。

 一応、念をおしておくが、鶏肉や卵は清浄な食材では無い。あくまでもグレーゾーンの食材だ。


 ゴパルが正直に答えた。

「私は育種学の専門では無いので何とも。ですが去勢自体は、哺乳類の雄なら可能ですよ」

 カルパナが真剣な表情で考え始めた。

「そうですか、可能ですか。では、後は隠者様や司祭様パンディットが認めれば……」

 サビーナがジト目になりながら、カルパナを諭した。もう食べ終わっている。

「宗教論争に発展するから止めておきなさいって。去勢豚派、なんていう派閥が生まれたらどうすんの。鍛冶屋が鎌研ぎしてくれなくなるわよ」

 サビーナやカルパナ達が依頼している鍛冶屋はイスラム教徒だったりする。そして、イスラム教徒にとっては、豚は犬と共に、存在自体が不浄扱いだ。


 カルパナが思わずたじろいだ。

「う……それは困る。そうだよね、家に泊まる巡礼者の方々にも迷惑がかかるし、考えるのは止めておくよ、サビちゃん」

 退屈そうな顔をして、ズッキーニを食べているのはレカだ。

「大変よねー、バフンとチェトリ階級って。ネワール族なら余裕で、豚も水牛も食べちゃうのに」


 話を興味深く聞いていた協会長が、コホンを小さく咳払いをした。

 彼はチベット系仏教徒のタカリ族なので、牛も豚も水牛も雄山羊も馬も余裕で食べる事ができる。ただし、他の民族に知られないように、こっそりと食べているが。

 ちなみにチベット僧でも肉を食べる事が可能だ。ただ、最近では菜食主義者も増えている。

「調理台の後片付けは、ホテルのスタッフが行いますので、皆さんは庭の席で、食後のデザートを召し上がってください。ちょうど雲が切れて月明かりがきれいですよ。アンナプルナ連峰は雲の中ですが」


 ゴパルが食べ終えた皿を調理台の上に置いて、頭をかいた。

「どうも、私は雨に好かれるようですね。ポカラでも寺院にお参りしてきましたが、首都に戻ってもお参りに行ってきます」

 カルパナがにこやかに微笑んでうなずいた。

「そうしてくださると、野菜栽培が楽になるので助かります。クマリ様に縁のある寺院にお参りすると、良いかも知れませんね」

 トマト等の果菜類では、雨に濡れると果実の皮が裂けてしまう場合がある。

 ゴパルが背中を曲げて両目を閉じた。

「ですよね……」

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