一貫性
苦笑しているカルパナに、隠者が補足した。
「一貫性と言ったが、これが意外に難しい。作業員や子供に対して、宗教や道徳のせいにし、人目がどうのとか、ワシの言う事を聞けとか言って拳を振り上げると、失敗しやすいのだよ」
キョトンとして聞いているカルパナに、口元と目元を緩める隠者。
「ワシは知っての通り隠者でな。何もかも捨ててきた。時には教理すら捨てる。聖者では無いから、まあ、戯言だと思って聞いてくれれば良い」
そう言って、自虐的に微笑んだ。
「しかし現に今、こうしてカルパナと話を交わしておるのだから、真なる隠遁には至っておらぬがね」
隠者が真面目な顔つきに戻った。彫りの深いインド人の顔だちなので、眼力を凄く感じる。
「さて、話を戻そう。人は、己自身のためになると感じた時に、その規則や忠告に素直に従うものだ。その事を踏まえての一貫性だな」
カルパナが首をかしげているので、隠者が気楽な表情になった。
「カルパナが今、やっている有機農業のやり方だよ。汝が一貫して、汝のためになる事を続けておるだろう? それを示しているおかげで、作業員や子供も汝の言葉を信用するし、聞こうとする。首都からゴパル山羊までやって来た程だ」
口調がさらに砕けたものになっていく。ゴパル山羊の事まで知っているらしい。
「これが司祭の説法に従ったためだとか、農業開発局の指示に従ったためでは、人はついてこぬ」
かなり砕けた口調のままで、隠者が語り続けた。
「ましてや、もしも汝の父や叔父に有機農業をしろと命じられたとすれば、一貫性を保つ事は難しいだろう。汝が己で決めて、苦労しながら一貫して実行した事で、作業員や子供らがついてくるのだよ」
カルパナが照れて、視線を隠者から逸らせた。
「そのような大それた事はしていませんよ。ただの趣味の延長です」
隠者がクスリと笑った。
「趣味にしては、実益が相当なものだろ。カルパナ種苗店の経営は黒字だと聞くぞ。まあ、ここはワシが折れて、趣味という事にしておこうか」
他にも色々と隠者とカルパナが話していると、カルパナのスマホにメールが届いた。
「あ」
隠者が鷹揚に促した。
「構わんよ。電話に出なさい、カルパナ」
隠者に断ってから、スマホをポケットから取り出し、内容を確認した。
カルパナの表情が明るくなり、さらに困ったような色を見せ始める。
「隠者さま、すいません。ゴパル先生からメールが来ました。またポカラへ下りて来るそうですよ。足腰大丈夫かしら」
隠者が弁当箱を引き寄せて、フタを開けた。三段重ねの弁当箱の最上段は黒ダルだった。その香りに目を細めながら、カルパナに告げた。
「ヤツは少々無理をする癖がありそうだな。歩き方が普段と違っていたら、ホテルの部屋に閉じ込めてしまいなさい。アバヤ医師に診せれば、何とかなるだろう。うむ、良い香りだ。早速いただくとするか」




