PDA培地の出来具合
カルパナ種苗の倉庫では、スバシュがPDA培地を詰めた空のウィスキーボトルを、圧力鍋の中に入れて蒸している最中だった。
カルパナが倉庫に顔を出したので、合掌して挨拶をしてきた。服装は、いつもの野良着だ。
「カルパナ様、見てください。PDA培地を大量生産していますよ」
スバシュが胸を張って言っている通り、倉庫内の金網カゴの中には、傾いて自然冷却されているウィスキーボトルが数十個ほどあった。
圧力鍋からは、蒸気機関のようなシュッシュ音が出ているので、少々うるさい。
「業務用のリサイクル品ですが、冷蔵庫も増えました。キノコ種苗の販売もできるようになりますよ、カルパナ様」
少し吊り目気味の黒い瞳をキラキラさせて、カルパナに話すスバシュだ。
への字型の眉が嬉しそうに上下し、肩まで伸びている癖のある黒髪の先も、左右交互に跳ねている。
カルパナが感心しながら、冷蔵庫の扉を開けてみた。既に十数個ほど、PDA培地が入ったウィスキーボトルが入っている。
「スバシュさんは機械に詳しいので、本当に助かります。おかげでチャパコットやナウダンダのハウスでも、水やりや温度管理が楽になっていますね」
スバシュが恐縮しながら照れた。骨太で筋肉質の体をしていて、農作業で日焼けして手も荒れ気味な外見なので、照れると可愛く見える。
「ありがとうございます。ポカラ工業大学のスルヤ先生やディーパク先生に、何かと相談していますけれどね」
そう言いながらも、少しドヤ顔になった。
「これで、本格的なヒラタケ栽培ができます。ゆくゆくは、エリンギや他のキノコも栽培したいですね」
カルパナもパッチリとした二重まぶたの黒褐色の瞳を輝かせで、力強くうなずいた。スマホを取り出して、もう一度冷蔵庫を開け、中のボトルを撮影する。
「そうですね。実現しましょう」
ここで、カルパナが一つ思い出したようだ。表情を少し和らげた。
「ティハール大祭では、弟達がバンド演奏をするそうですね。その機材の調整とかしてもらって、スバシュさんには頭が上がりません。仕事に支障が出ない範囲でお願いしますね」
スバシュがにこやかに笑った。
「趣味でもあるので、お気遣いなく」
その時、店の外に物売りが歩いてやって来た。
衣類を売る行商人のようで、やはり大声を上げて商品の宣伝をしている。その声が、倉庫の中にも聞こえてきた。
「エー、ルガ! エー、ルマール!」
物売りは下手によく通る美声で、ヒンズー語訛りのネパール語を叫びながら、ゆっくりと遠ざかっていった。
行商人が売る衣類は、安いTシャツや、半袖シャツが多い。もっぱら、子供向けの衣類だ。
カルパナが女児三人組の事を考えたのか、少し思案していたが、スマホの時刻を見て買うのを諦めたようだ。
スバシュが察して、カルパナに告げた。
「ガキ共には、俺の方から何か買っておきますよ。あ、でも、これからヒラタケの組織培養をするんで、ちょいと後になりますが」
カルパナがスマホをポケットに入れて、申し訳なさそうな顔で感謝した。
「そうですか、ありがとうございます。お代は、私が立て替えますね。組織培養の様子を見たかったのですが、隠者様の所へ行く時刻になってしまいました。見学は、またの機会にしますね」
そう言って、足早に倉庫から出ていくカルパナであった。その後ろ姿を見送りながら、スバシュがスマホを取り出した。
「相変わらず忙しい方だなあ。さて、サムザナに電話して、行商人から良さそうな服を買ってもらうか。ティハール大祭の直前だしね、新しい服は必要だ」
サムザナはスバシュの奥さんの名前だ。同じ歳だったりする。長男と長女の二人の子供持ちで、長女は女児三人組の一人アンジャナである。
さて、大きな祭りの時には、子供の服を買う習慣がある。特にティハール大祭の際には、男はネパール帽のトピを買う事が多い。トピにも様々な種類があるので、ここで買うのは比較的華やかな、ダカトピと呼ばれるものだ。
トピは男向けの帽子なので女児三人組には不要だが、代わりに可愛い服を買う事になる。もちろん、出費としては服の方が多い。




