組織培養
ゴパルがガラス室の紫外線ランプを消して、蛍光灯だけを点灯させた。そして、ヒラタケや器具も含めて、ハンドスプレーで液体を噴霧していく。
「これは消毒用のアルコールです。クリーンベンチ内部を殺菌するために散布しています。ヒラタケですが、汚れた状態の物は使わないようにしてくださいね」
さらに、ゴパルがクリーンベンチと呼んだガラス室の中に、両手を入れて散布した。
PDA培地を入れたウィスキーボトルにも散布して、消毒用アルコールを浸した布でよく拭いた。両手と指も念入りに布で拭いて消毒する。
「では、作業を始めますね」
ゴパルがアルコールランプに火をつけて、真っ直ぐに伸ばした針金の先を真っ赤になるまで熱した。針金の先は、かなり鋭利に尖らせてある。これを火から針金を下ろして、自然冷却させた。
「二十秒間ほどかけて、こうして冷やします。この針金の先端部分は、手で触れないようにしてくださいね。クリーンベンチの床に置く事も厳禁です。こうして、常時手の指に挟んで保持しておいてください」
ゴパルが針金を右手の小指と薬指で摘んで保持した。
続いて、親指と人差し指でヒラタケをつかんだ。左手もこの二本の指だけを使って支えている。
その四本の指だけで、器用にヒラタケを縦に裂いた。
「キノコは手で裂きます。ナイフ等は使わないでください。それで、裂いた断面から針金を使って、組織培養に使うキノコの組織を採取します」
ゴパルが針金を右手の親指と人差し指で持って、キノコ断面からヒダを切り取った。ちょうど、キノコの軸と傘の間の部分になる。切り取った大きさは、二ミリ角ほどだ。
「採取する際には、キノコの外面を針金の先で触れないようにしてください。消毒していますが、生き残っていた雑菌が付いてしまう恐れがあります」
PDA培地が入っているウィスキーボトルを、左手の親指と人差し指で持ち、口をアルコールランプの炎で炙った。このボトルは、ゴパルが前もって用意してきた物だ。
今PDA培地を作っているボトルは、まだ圧力鍋の中で蒸されている。綿栓をつけているままなので、炙り続けると燃えてしまう。そのため、ごく短時間だけ炙るに留めている。
いったんウィスキーボトルを、ガラス室内の床に置いた。左手の小指と薬指だけを使って、ウィスキーボトルの綿栓を開け、そのまま綿栓をその指で保持した。
「この小指と薬指は、綿栓を保持する専用の指にしてください。針金を保持する指も同様です」
再び、左手の親指と人差し指でウィスキーボトルを持ったゴパルが、針金を中に差し込んだ。採取したキノコの組織片を、PDA培地の中央に乗せる。
「キノコ片は、ここに乗せるまでの間、どこにも触れないようにしてください。で、乗せ終わったら、すぐに綿栓でボトルの口を閉じます」
そして、綿栓をしたウィスキーボトルを、ガラス室の隅に置いた。
「こんな感じですね。今までの作業は、アルコールランプの火の近くで行ってください。では、皆さんで実習してみましょうか」
サビーナが感心した様子でゴパルの横顔を見ている。
「ゴパル君って、やっぱり博士だったのね。いつもとは別人のように見えたんだけど」
カルナも同意して腕組みをして唸っている。
「デブの癖にやるじゃないの」
ゴパルが両手をガラス室の中から出して、肩を回して口元を緩めた。
「農学部の学生なら、誰でもできますよ」
カルパナとナビン、それにビシュヌ番頭とスバシュは、顔を見交わしてから改めて尊敬の眼差しをゴパルに送った。スバシュが頭をかく。
「結構、難しそうですね……できるかなあ」
ゴパルがイスから立ち上がって、スバシュに席を譲った。
「最初から上手な人は、滅多に居ません。私も何度か失敗を繰り返しましたし。では、やってみてください」




