報告
そこへ、サビーナがやって来た。着替えてきたようで、普通のサルワールカミーズ姿でサンダルだ。
「あ、もう始まってたか。キノコの種菌作りを見たかったんだけどな」
カルパナがニッコリと微笑んでスマホを掲げた。
「ちゃんと撮ってるから大丈夫だよ、サビちゃん」
ゴパルも圧力鍋の火加減を確認してから、サビーナに答えた。
「下準備をしている最中ですよ。キノコの組織培養……あ、ええと、分身作成は十五分後に実演しますから、サビーナさんは時間に間に合っていますよ」
組織培養という単語は、ヒンディー語でウタック・サンバルダンと呼ぶのだが、一般的な単語ではない。
なので、『分身作成』と言った後で、平易なネパール語で改めて、『体の一部分を切り取って、それを育てて数を増やす方法』だと説明したのだが……それが混乱を招いてしまったようだ。
サビーナとカルナがキョトンとした顔をしている。そして、すぐにサビーナがジト目になった。
「何それ。科学者の癖に魔術用語なんか使わないでよね。一応、ここは巡礼者の宿舎なのよ」
カルナも続いて、ゴパルをバカにした目で見据えた。
「羅刹とか魔物が使う魔術よね、それって。今は真面目な実験の最中でしょ。茶化すなコラ」
あうあう言っているゴパルを見て、カルパナがクスクス笑いながら助け舟を出してくれた。
「草花の挿し木と似たようなモノですよね、ゴパル先生。芽や枝を摘んで、それを砂の上に差すと、根が生えて新しい株に育つのですが、それと似たような感じでしょうか」
ゴパルが頭をかきながら、カルパナに感謝した。
「そ、そうですね。挿し木ですね。ははは……」
ナビンがニヤニヤ笑いながら、ゴパルの肩をポンと叩いた。
「ファンタジー系のゲームのやり過ぎですよ、ゴパル先生。隠者様がこの場におられなくて良かったですね。下手すると、黒魔術使いに認定されてしまうところでしたよ」
ヒンズー教では、聖者はサドゥと呼ばれている。その一方で、人に害を為す魔術使いも居ると考えられている。おおざっぱには死霊術使いに分類されるのだが、生きている動物も自在に使役できる……らしい。
申し訳ないと謝ったゴパルが、ヒンディー語の単語を使う事にした。改めて、その単語の説明を行ってから、話の続きを再開する。
「キノコは胞子を生み出して、それが発芽する事で増えていきます。ですが、胞子が生まれるのは、ごく短期間に限られてしまうのですよ」
ちょっと考えてから、ゴパルが言葉を選びながら説明を続けた。
「ですので、胞子に頼らずにキノコの一部分を使って増やす方法が考えられました。その一つが、この組織培養です」
サビーナが、うむ、と鷹揚にうなずいた。
「そうそう、そういう風に説明すれば良いのよ、ゴパル君。隠者様には言わないであげるわね」
そして、にこやかな笑みを浮かべた。
「フクロタケの水煮だけど、なかなか良いわね。もちろん、新鮮な状態のキノコが一番良いのは当然なんだけど、寒くなると栽培できなくなるっていう話でしょ。水煮が使えるのは朗報ね」
フクロタケは基本的に気温三十度程度で育つ種類のキノコだ。亜熱帯のポカラでも、年中三十度に達するわけでは無いので、ビニールトンネルのような保温施設が必要になる。
「それと、石窯の追加設計で、燻製室を付属させてみたのよ。あ、熱風を当てるから熱燻ね。これも、なかなか良い出来だったわ。他に温燻と、できれば冷燻の追加燻製室も作ってみるつもり」
ニッコリと微笑むサビーナ。
「今年のティハール大祭では、色々と料理が出せそうで楽しみ。あ、でも石窯作りは、ゴパル君とは関係無いか。ごめんねー、あはは」
分かっていて言ったのだろうなあ、とジト目になるゴパルであった。
今の所、KL関連では、サビーナに直接関わるような事をしていない。料理でKLを使う場面が無いので当然なのだが、これではカルパナやレカにばかり関わっていると受け取られても仕方が無い。
少し反省しながら、ゴパルがサビーナに知らせた。
「低温蔵が稼働すれば、熟成チーズ等の発酵食品の研究が行われます。その試食と評価で、サビーナさんには、これから色々とお世話になると思いますよ」
サビーナがキラリと黒褐色の瞳を輝かせて、不敵に微笑んだ。
「そうなんだ。それじゃあ、遠慮なくダメ出ししてあげるわね」
ゴパルが両目を閉じて、小さく呻いた。
(これまでも、既に色々とダメ出しを食らっているんですが……)




