ジヌー
ジヌー温泉でもカルナの父親のアルジュンから、酒と飯に誘われたのだが、固い意志で断っていた。
それでは、とアルジュンがチヤをゴパルに押しつけて、半ば強引に受け取らせる。
「ポカラに着いたらチャイ、カルナに早く戻って来るように言っておいてくれ、ゴパル先生」
アルジュンは、ゴパルとは握力も筋力も段違いに強い。仕方なくチヤを受け取ったゴパルが、すすりながら聞いた。
「分かりました。カルナさん大人気ですね。セヌワのニッキさんも彼女を探していましたよ」
アルジュンもチヤをすすりながら、太くて短い眉を上機嫌に上下させた。
「自慢の娘だナ。おお、そうだ。ニッキから聞いたぞ。キノコ栽培をセヌワでやるんだってナ。ここジヌーでもやりたいぞ」
ゴパルがチヤをすすりながら、少し荒れた眉をひそめて垂れ目を閉じた。
「ジヌーでシイタケ原木栽培をするには、気温が高すぎますね。ヒラタケ栽培なら可能ですが……種菌をここまで運ぶのはコストがかかって、儲けにならないと思いますよ」
アルジュンが落ち込んだので、慌てて明るい声で励ました。
「他に何かあるはずです。探してみますよ、アルジュンさん」
ジヌー温泉ではチヤ休憩だけに留めて、すぐに川沿いの道を辿って車道へ出た。森の中の道を歩いたのだが、思ったよりも快適だったので少々面食らっているようだ。
森の中を見上げて、軽く頭をかいた。
「雨期の間はヒルだらけだったんだけどな。嘘みたいに歩きやすいぞ」
車道に出ると、既に何名かの地元民が荷物を地面に置いて談笑していた。ここは、ガンドルンへ向かう上り坂の入口だ。
まだ、道ができて新しいせいか、周辺には屋台も無い。地元民に聞くと、地名も無いという話だった。とりあえず、『登り口』と呼ばれているらしい。
ネパールでは、こういった安直な地名の付け方は、大して珍しくもない。ゴパルも素直に納得しているようだ。
しばらくすると、ガンドルンバスパークの方面から、つづら折りの土道を小型四駆便が下りて来た。早くも路面が乾いているせいか、土煙がもうもうと立ち昇っている。泥道がまだ所々残っているのだが……
地元民が顔をスカーフ等で押さえて、しかめ面をして小型四駆便を出迎えた。ゴパルも同じような表情をしている。
そのゴパルの顔を見つけた運転手が、運転席から気楽な表情で手を振った。彼もマスクとゴーグルをかけている。
「よお、ゴパルの旦那。荷物はチャイ、無事に民宿ナングロまで届いたってな。蔵の建設は順調かいナ?」
ゴパルが、しかめ面のままで手を振り返した。
「ディワシュさんでしたか。おかげさまで無事に届きましたよ。今は、基礎工事をしている最中です。コンクリートが固まるまで時間がかかるので、これからポカラへ仕事に向かう所ですよ」
ディワシュが満足そうな笑みを浮かべた。
「そうかい、そりゃあ良かった。今後とも、ごひいきに。座席は満席だから、屋根の上に乗ってくれや」
結局、ナヤプルまではディワシュが運転する小型四駆便で行き、ポカラまでは乗り合いバスで向かうゴパルであった。
どちらも座席には座れず、屋根の上に乗る羽目になったのだが。




