セヌワ
そうこうする内に、セヌワの民宿街に到着した。
ここまで下ると森もあり、空気も湿気が感じられる。森の腐葉土のカビ臭い香りも漂ってくる。半分くらいは竹林からだが。
とりあえず食事を摂ろうと、カルナの叔父ニッキが経営しているホテルセヌワに立ち寄った。
白い石造りの二階建てで、明るい水色のトタン屋根の上には、太陽光発電パネルと温水器パネルが設置されているので、よく目立っている。
セヌワの民宿街は、大岩の上に数軒ほどがまとまって建っている。セヌワの集落からは少し離れているので、観光客しか居ない。
民宿内の食堂にニッキが居て、食事の用意をしているのが見えたので挨拶した。
「こんにちは、ニッキさん。ゴパルです。食事できますか?」
食堂には外国人観光客やガイド、それに地元民が多く居て、ネパール定食やピザ、ピラフ等を思い思いに食べているのが見える。まだ昼なのだが、既にビール瓶やウィスキーの小瓶が客席に置いてあった。
ニッキが気づいて、分厚く大きな手を振った。すぐに予約席へゴパルを手招きする。
「おう、ゴパル先生。予約時間通りに来たナ。座れ座れ、飯できてるぜ」
すぐにニッキが厨房スタッフに配膳を命じて、ニコニコしながらビール瓶を片手に持って近づいてきた。
「これからポカラへ行くんだろ? だったら一本飲んでけ」
ゴパルがリュックサックを、予約席のイスの隣に下ろしながら、慌てて両手を振って拒否した。
予約席自体は、二人用の小さな木製のテーブルだ。イスもゴパル用に一つだけ用意されていた。
「飲んだら酔っぱらって足が絡んで、セヌワからジヌーまで転げ落ちてしまいますよ。ここは水でお願いします」
ニッキが笑いながらビール瓶を、近くに座っている欧米人観光客の席に置いて栓を開けた。本当は、彼ら向けに冷蔵庫から出してきたのだろう。
「転げ落ちたら、ジヌーまで五分で着くけどナ」
ゴパルがイスに座って、頭をかきながら垂れ目を閉じて、冷や汗を流した。
「その五分間で、私の体がバラバラになりますよ。頭だけジヌーに着いても、それだけじゃ仕事ができません」
食堂スタッフが早速、ネパール定食をアルミ製の盆に乗せて運んできた。ニッキもスチール製の銀色のコップに水を注いで持って来て、ゴパルの席に置いた。
「ああ、そうだ。ポカラではカルパナさんの家に行くんだよナ? うちのカルナが、まだ戻ってきてねえんだよ。民宿の仕事と、黒カルダモンの収獲やら加工の仕事がチャイ、たくさん溜まってるって言っておいてくれや」
ゴパルが素直に了解した。
「分かりました。今も食堂がほぼ満席ですよね。忙しいのは見て取れます」
アルミ製の盆に乗っている、鶏肉の香辛料煮込みに視線を移して、嬉しそうに垂れ目を細めた。
「黒カルダモンの香りですね? 甘い香りだ。キノコの香辛料炒めもありますね。ディーロは粟ですか」
ニッキが少しドヤ顔になって笑いかけた。
「黒カルダモンは今が旬だからナ。これは質が悪くて売り物にならなかったヤツだ。ちょいと焦げてしまってな、ガハハ。キノコはホウキタケと、アイシメジだな。ホウキタケには毒がヤツもあるから、素人は取って食うなよ」
そして、厨房から袋を一つ持って来てゴパルに手渡した。
「はいよ。頼まれていた黒カルダモン半キロだ。長老から許可が下りてナ。クシュ教授によろしく言っておいてくれや。代金は宿代につけておくから心配すんな」
ゴパルが喜んで礼を述べた。
「わあ。ありがとうございます。教授のわがままには困ったものですよ」




