ポカラ市内
ミニバスは風を切って滑らかにポカラ市内を走っていく。音と言えば、路面のデコボコを乗り越える際の音と、液晶テレビの番組の音声くらいだ。
もちろん、車内では十名の欧米人登山客が、賑やかに笑って、おしゃべりを続けているので、車内が静かとは決して言えないのだが。
窓ガラスには多くの雨だれが付いていて、それらが雨混じりの風に吹き飛ばされていく。その窓越しにポカラ市内を眺めるゴパルであった。彼も英語は堪能なので、隣の席に座っている米国人客と、会話を楽しんでいる。
しかし、旅の目的については、話すつもりは無さそうだ。観光地のガンドルンまで行くとだけ伝えている。実際、今晩の宿はガンドルンで予約していた。
(この雨の中、氷河まで調査の仕事だと言ってもね。憐みの視線と、慰めの言葉を頂戴するだけだよね)
などと、グチ混じりで思うだけだ。
ミニバスは、レイクサイド地区のホテルやレストラン街を抜けて、民家が建ち並ぶ区画を通っていく。全ての家の屋上や庭には、二立方メートル容量の水タンクが、何個も置かれている。
「首都もそうだけれど、水不足はどこも同じか」
首都の水道も同様だが、ポカラの水道も断水ばかりのようである。昨日、協会長が話していたように、水質も悪いのだろうなと想像するゴパルだ。加えて、ポカラの水源はアンナプルナ連峰に近いので、かなりの硬水だとも聞く。
一方で、昨日も見ていたが、民家の庭にはバナナやパパイヤ、それにマンゴ等が育っている。赤い花はハイビスカスやブーゲンビリアだろう。黄色い花はアラマンダか。アジサイは時期を過ぎていて、今は緑の葉が茂っているだけだ。
道を歩いたり、道端で寝そべっている水牛や白い雌牛を、何度か避けて走っていく。雨なので、歩いている人は少ない。
他にはレインスーツやゴミ袋を被ったバイク乗りや、インド製や中国製の小型電気乗用車、ピックアップトラックに、インド製のトラック等がゆっくりと走っている程度だ。
交差点には信号機は無く、たまに交通警察の警官が立って交通整理をしているくらいであった。
ポカラ市内を回っているバスを、ゴパル達が乗ったミニバスが、軽くヒョイと追い抜いて走っていく。
バスが吐き出している、黒い排気ガスを突き抜けると、アバヤ医師を見かけた。高価そうなレインスーツを着て、道の端をジョギングしている。太鼓腹なのだが、走るのが意外にも速い。
雨が降っているので、彼は頭からフードを被っていて、顔がよく見えないのではあるが、太鼓腹の形で分かってしまった。
彼が居るという事は……と、ゴパルが目を凝らすと、間もなくして、ビンダバシニ寺院が建つ、低い丘が見えてきた。今日も朝から参拝客が多く、露店や供物販売店に集まって賑わっている。
ミニバスの乗客達は、寺院に気がつかずに騒いでいるばかりだ。
「寺参りするような人達では、なさそうだよね」
バスの乗客を代表して、一人寺院に向けて小声で祈るゴパルであった。
ポカラに到着してから、ずっと雨が降り続いているせいなのか、山道の状態が気になる。協会長の話では、氷河がある辺りは、大した雪にはなっていないそうである。しかし、山の天気は変わりやすいので、決して楽観はできない。




