民宿ナングロ
ゴパルのオヤツはパンケーキだった。
瓶詰めの真っ赤なイチゴジャムと、ほとんど固まってしまっている蜂蜜に、バターをパンケーキにかけて、手づかみで食べている。
カロチヤ(ミルク無しの、赤黒い色をしたチヤ)を小型のジョッキで飲みながら、垂れ目を細めているゴパルだ。
パンケーキはローティに似ているので、ナイフとフォークを使うよりも、直接手でつかんで食べている。
ただ、右手の親指と人差し指、それに中指の指先だけを使っているので、手はそれほどバターやジャム蜂蜜だらけにはなっていなかった。
言うまでも無く、この食べ方はローティの食べ方だ。パンケーキはそれなりに分厚いのだが、器用に三本指だけでちぎって食べている。
「標高が高くても、パンケーキなら美味しく食べる事ができますね」
民宿ナングロのオヤジのアルビンが、他の外国人客にもパンケーキやピザを提供しながら振り返った。
彼らはカロチヤでは無くて、ビールやウィスキーを飲んでいる。標高の高い場所にある岩穴で取れた氷のツララを、適当に砕いて使っているようだ。
アルビンによると、万年雪の中に製氷器を突っ込んで、キューブ氷も作っているらしい。
「それでもポカラと比べると、焼きが甘くなりがちですけれどね」
その時、ゴパルのスマホにチャット文が届いた。
ポケットからスマホを取り出して確認すると、少し困ったような表情になっていく。
「うーん……カルパナさんから、ポカラでキノコの種菌作りの準備が整ったという知らせが入りました。種菌作りを教えると約束していたのですが……困ったな。低温蔵の建設も重要だし」
キノコの種菌と聞いても、よく分からない表情のアルビンだったので、ゴパルが簡単に経緯を説明した。
「……そういう事がありまして。キノコの種菌をポカラで作る事ができれば、外部から種菌を買う量を減らせます。種菌の安定供給に繋がりますので、キノコ栽培農家にとっても朗報になるのですが……」
アルビンが素っ気なく答えた。
「それじゃあ、ポカラへ下りて行きなさいな、ゴパルの旦那」
ゴパルが難しい表情になった。それでもパンケーキを食べ続けているが。
「えええ……でも、それでは、建設作業に集まってくださった方に迷惑をかけてしまいますよ」
申し訳なさそうに笑うアルビン。
「実はですね、ゴパルの旦那。基礎を固めるには、本当は一日だけでは足りないんですよ。三日くらいポカラへ下りてくれた方が、丈夫な基礎に仕上がるんでさ。作業員には俺の方から言っておきますんで、問題無いですよ」
キョトンとなるゴパル。
「え? そうなのですか?」
ドヤ顔になるアルビン。
「そうなんすよ。まあ、一日だけでも、あの程度の小さな小屋だったら十分ですけれどね」
パンケーキを完食したゴパルが、カロチヤを一気飲みして、軽く腕を組んで思案した。しかし、すぐに結論が出たようだ。
「では、ポカラへ行ってくるかな。すいませんアルビンさん。作業員の方々には、私が謝っていたとお伝えください」
アルビンがゴパルを洗面所に誘導しながら、ニッコリと微笑んだ。
「謝るも何も、ゴパルの旦那は事実上、お茶くみ小僧じゃないですか。俺達がキッチリと働いている場面を撮影してくれれば、それで良いですよ。勤務態度が真面目だと、ボーナスの要求も行いやすいですからね」




