黒カルダモン
黒カルダモンには、主にラムサイ種とゴルシャイ種とがある。カルナ達が森の中で栽培しているのは、標高2100メートル以上が適地とされるゴルシャイ種だ。
インドでよく栽培されている緑色のカルダモンと異なり、果皮は黒褐色で大きい。香りは緑のカルダモンに似ている。
東ネパールでは農業開発局が苗畑を有していて、農家へ大量に販売して普及を図っている。
植栽方法は、森の木々をある程度伐採して適度な日陰を残し、ヘクタール当たり二千二百本の割合で苗を植えつける。
その後は、基本的に放任栽培である。雑草を刈り取ったり、森の木々の枝を間引く程度だ。植えつけた苗は稲のように茎が増えていき、三年後から収穫に適した状態になる。
一株当たり五キロほどの収獲が見込め、三十年間ほどは毎年収穫を継続できる。
果実は地際に実るので、野ネズミ等の食害を受けやすい。また、卸値が高いので、栽培場所は関係者しか知らない場合が多いのも特徴だ。
病気にも罹りやすく、縞モザイク病や黄化病が代表的である。
カルナが残念そうな口調でカルパナに答えた。
「売り先がほとんど決まってるのよね。首都の星付きホテルに卸すの。だから、本当にちょっとだけしかポカラへ持って行けないんだけど、それでも構わない?」
カルパナが即答した。
「少なかったら、お得意様向けの限定料理に使うでしょうから大丈夫だよ」
そして、彼女の口調が急速に沈み始めた。
「ごめんね、黒カルダモンは今年の大雨で不作みたい。値段が高騰してるって話だから、カルナちゃんの儲けを邪魔するみたいで、ごめんなさい」
カルナが明るく笑った。
「まあ、それはそうだけどね。でも、ポカラのレストランで使ってもらえるのも嬉しいものだよ。ゴパル先生も欲しいって駄々をこねてたけど」
何か思い出したらしい。カルナがクスクスと笑った。
「ま、そのおかげで、村の長老からも、少しだけなら融通しても良いって許しが出たの」
黒カルダモン栽培農家の売り上げ額は、ヘクタール当たり五百五十万円ほどになる。
ただ、国内需要は高級レストラン向けなので大した量では無く、もっぱら海外への輸出になる。普段使いのカルダモンであれば、安い緑カルダモンで事足りるからだ。
そのため、しばしば供給過剰になり、国内価格は乱高下しやすい。収穫後の加工費用もかかるので、農家としてはキロ当たり千百円が、採算限度ラインとされている。
海外輸出も、原則としてインドを経由する慣習になっているので、インド側が興味を示さなければ高い卸値がつかない。
つまり、ネパール産の黒カルダモンは、インドからの再輸出品という事になる。同じような事例は、他にショウガでも起きている。
そのため、儲かるといっても不安定なのが、この黒カルダモン栽培だ。
カルナが話を続けた。
「ガンドルンやダンプスとかでは、低地向けのラムサイ種を植えてるよ。私の所は高地向けで、競争になるのを避けてるの。足りなかったら、ガンドルンの農家に問い合わせても良いけど」
ラムサイ種の栽培適地は、標高800から1600メートルの間だ。ちょうどダンプスやガンドルンの標高に近い。
カルパナが申し訳無さそうな口調で遠慮した。
「カルナちゃんに、そんなお願いできないよ。ガンドルンやダンプスには、私から問い合わせてみる。ありがとね、カルナちゃん」
電話を終えたカルナが、スマホを腰のポーチに突っ込んで、軽く首を回した。
「そうね……せっかくだから、森の野生キノコもいくつか持って行くか」
セヌワに到着すると、既に叔父のニッキが簡易かまどに薪をくべて燃やしている所だった。かまどの上には大きな鉄板が乗っている。その上には、収穫して洗い、ゴミ等を取り除いて調製した、黒カルダモンの果実がびっしりと乗っていた。
カルナの顔を見て、ニッキがニッコリと笑って手を振った。
彼の周辺には、先程まで森の中で一緒に黒カルダモンを収穫していた叔母達が、チヤを飲んで寛いでいる。
「おう、カルナ。さっさと黒カルダモンを調製して、この鉄板の上に乗せてくれや」
もちろん、今はネパール語では無く、グルン語で話している。カルナもグルン語で答えて、背中に担いでいた大きな竹カゴを地面に下ろした。
「はいはい、ちょっと待ってて。さっきね、ポカラのカルパナさんから、黒カルダモンが少し欲しいって電話があったのよ。後でちょっとポカラへ行ってくるわね」
ニッキが鉄板の上の黒カルダモン果実を転がしながら、首をかしげた。太く短い眉が左右交互に上下し、一重まぶたの黒い瞳が、カルナを見つめている。
ちなみに彼の服装は、客商売である民宿の仕事も同時並行でしているので、ちょっとだけオシャレなセーターと厚手のジーンズ姿だ。足元はサンダルだが。
「そうかい。まあ今は民宿のバイトも多く雇ってるし、一日二日抜けても問題無いけどな。ゴパル先生に渡す分は、もう確保したよ。残りを持っていってくれ。規格外のクズ品ばかりだけどな」
バイトはもちろん、地元セヌワの学生である。学校に行っている間は、手の空いた村人が手伝ってくれているようだ。
セヌワは寒いので、既に稗や粟の収獲が終了していて、農作業はそれほど多くない時期に入る。一方で、標高の低いチョムロンやガンドルンでは、小麦の種まきの準備がそろそろ始まる。
カルナが乾燥の終わった黒カルダモンを一つ摘んで、ニッコリと微笑んだ。少し焦げて黒ずんでいる。
「日帰りの予定よ。ついでに、森のキノコも売ってくるわね」




