タバコ
他には、タバコのカートン箱もあった。銘柄は『太陽』だった。ゴパルはタバコを吸わないので、アルビンに手渡す。
「タバコは、作業する人達にあげてください。民宿の中では禁煙でしょうから、アルビンさんにとっては、ちょっと困るかもしれませんが」
カートン箱を受け取ったアルビンが頬を緩めた。
「アンナプルナ内院では、所定の場所で喫煙できますよ。ですが、吸い殻は全てチョムロンまで運んで処理しています」
少しの間考えたアルビンが、解決策を出した。
「そうですね、チョムロンのバーにでも置きましょうかね。無料タバコという事にしておきますよ」
その提案に賛成したゴパルだ。ちょっと考えてから、もう一つ提案した。
「吸い殻ですが、焼却処分する前に、石けん水を入れた空き瓶に入れておくと良いかもしれません」
ゴパルが淡々とした口調で提案を続ける。
「石けん水に、タバコのニコチンやタールの一部が溶け込んで、臭くて刺激臭のある真っ黒い液になります。これを水で薄めて、農薬の代わりに使う事ができますよ」
興味深く聞いているアルビンに、ゴパルが真面目な表情で指摘した。
「ですが、強い毒性がありますので、散布してすぐに収穫出荷はしないでくださいね。それと、絶対に飲んだりしないようにしてください。少なくとも、出荷の二日前までに散布を終えた方が良いと思います」
アルビンがニコリと微笑んで了解した。
「チョムロンの連中に、そう伝えておきますよ。農薬不足も深刻ですからね。多少の役には立つと思いますよ」
ちょっと考えて首をかしげ、ゴパルに聞いた。
「これって、タバコの葉だけですから、有機農薬になりませんかね?」
ゴパルが軽く目を閉じて、腕組みをしながら答えた。
「毒性のある植物って、結構多いですからね……それでも残念ですが、認められないと思いますよ」
軽くため息をつくアルビンだ。
「そうですか。高値で売れるかもしれないかな、と思ったのですが。認められそうにないなら、チョムロンの中だけで使いましょう」
そう言ってすぐに、彼がスマホを取り出した。チャットアプリを起動させ、音声メッセージでゴパルの提案と注意事項を伝えていく。送信先はチョムロンのバーの店主らしい。
そして、箱に入っているアマダブラム製の防寒着を、民宿ナングロの従業員に命じてゴパルの部屋へ運び戻させた。
「ゴパルの旦那。アンナプルナ内院は、これから冬に向かいます。気温もどんどん下がってきますんで、油断しないようにしてくださいよ」
素直にうなずくゴパルだ。
「ですよね。ここって盆地ですから、温度差もかなりあると予想しています」
そして、キリリと表情を改めて真剣な顔になった。ようやく、やる気になったらしい。チヤを一気飲みして、空になったグラスをアルビンに手渡した。
「では、低温蔵の建設を始めましょう」




