アンナキャンプ
一息とか何とか言っていたゴパルであったが、目的地のアンナキャンプへ到着したのは夕方遅くだった。
すっかり日が暮れて暗くなって、宿の食堂や部屋からは灯りが見え、煙突からは湯気が立ち昇っている。
疲労困ぱいの有様で、民宿ナングロの入口にあるベンチに座り込んだ。
「はえええ……やっと着いた。やっぱり高地は空気が薄くて疲れる」
前回はそれほど疲れを感じなかったのだが、今回は体調が悪かったのかな、と息を整えながら考えるゴパルだ。
実は、天気が良かったので、景色を撮影するために道草を多々してしまったのであった……
息を整えてベンチから立ち上がり、民宿の受付けカウンターに向かう。そこには宿のオヤジのアルビンが居て、宿帳を確認している姿が見えた。
ゴパルの姿を見つけて、にこやかに手を振ってきた。
「ゴパルの旦那。ようこそABCへ。部屋は予約してありますよ」
ゴパルがリュックサックを担いだままで、両手を合わせて挨拶をし、申し訳無さそうに頭をかいた。
「今晩は、アルビンさん。もう少し早い時間に到着するつもりだったのですが……遅くなってしまいましたね。すいません」
アルビンが、節くれだった大きくて分厚い手を軽く振った。
彼の身長は百五十五センチほどなので、ゴパルよりも背が低い。体型は骨太でも筋肉質でも無く、こじんまりとしているので、なおさら小さく見える。
一重まぶたの細目を、さらに細めて頬を緩めた。大きな毛糸の帽子を被っていて、ダウンジャケットを着ているので、どこか可愛らしくも見える。年齢は四十代後半らしいのだが。
「構いませんよ、ゴパルの旦那。作業は明日の朝からって段取りですし。今日は荷物の確認だけをしてくだされば、それで十分ですよ」
グルン族なのだが、彼は流暢なネパール語を話している。チャイとか言ってない。
宿帳に記入を済ませたゴパルが頭をかきながら、素直にうなずいた。
「分かりました。食事を終えたら確認してみますね。高地に登ると、お腹がすいてしまいまして……」
アルビンがニッコリと笑った。
「部屋で汗を流してきてくださいな。それまでに準備しますよ」
案内された部屋には、所狭しと荷物が山積みにされていた。一応は、ベッドや机にイスといった備品は使える余裕が残っているのだが、やはり狭い。
アルビンが細くて短い眉を上下させながら、ゴパルに弁解した。
「済まないね、ゴパルの旦那。ここじゃ盗難は滅多に起きないんだけどな。用心のために金目の物は、ここへ置かせてもらったよ。他は、建設予定地に積み上げてある」
ゴパルが感謝して礼を述べた。
「そうでしたか、ありがとうございました。多くの荷物は政府のお金、つまり税金で買った物ですので、盗難に遭うと大変困ります。寝る場所と机さえあれば、私はそれで十分ですよ。お気遣いなく」
実際は、インド政府や欧米の研究機関からの資金援助の割合が大半だったりするのだが、ここではそういう事にするゴパルであった。
アルビンが素直に理解して、ドアに手をかけた。
「そうでしたか。では俺は厨房へ戻りますね。あと十分もすれば食事が出来上がりますので、お楽しみに」
ゴパルが汗を流し、服を洗濯して室内に干し、冬用の服装に着替えて民宿の食堂へ戻ると、そこには強力隊長のサンディプが居た。
既に、ピザをアテにしてビールをラッパ飲みしている。ゴパルを見つけるなり、手を振って呼び寄せた。
「おー、ゴパルの旦那あ。こっちだ、こっち」




