竹やぶの道
軽く手を振ってから、一路アンナキャンプへ登っていくゴパルであった。昨日は膝がカクカクしていたのだが、今はもう大丈夫だ。
「足の疲れが取れて良かった。さて、急ぐとしよう。今日は寄り道しての採集は禁止だぞ、ゴパル」……等と自身に言い聞かせている。その割には、周囲の竹やぶに視線が泳いでいくばかりのようだが。
ちなみに、昨日採集した菌やキノコは、首都向けの宅配便にしてニッキに渡してあった。ニッキによると、そろそろ強力隊やロバ隊が下りてくるので、彼らに託す予定だという。
前回もそうやって、無事に微生物学研究室まで届いたので、今回も問題無いだろう。
念のためにスマホを取り出してみたが、セヌワの民宿街から外に出ると、もう電波が届かなかった。
東西に六千メートル級の峰がそびえ立っていなければ、衛星による通信サービスを受ける事ができるのだが。ここは空が狭い。道も細くて、竹やぶばかりだ。
ポケットにスマホを突っ込んで、そのまま竹や笹だらけの登山道を登っていく。ロバ糞が転がっているので、それらを避けながら。
「雨期が明けて道が良くなったからかな。ロバ隊が行ける距離が延びているようだ」
カルナの言う通り、登山道には多くの外国人観光客が居た。彼らも道端に落ちているロバ糞を踏んでしまったりして、その度に罵声を上げている。
ほとんどの者はしっかりした登山用の装備をしているのだが、中にはTシャツ半ズボンでサンダルの人も居るようだ。
さすがに少々呆れて見つめるゴパル。
「民宿が多いから、ネパールの中でもかなり安全な街道ではあるけれどなあ……私から見ても無謀な服装だよ、それって」
やがて竹やぶが無くなり、高山性の灌木が生い茂る地帯へ出た。視界が一気に広がり、東西に迫る絶壁の全容が見え始めた。
思わず足を止めて、東西の絶壁を見上げる。
「うは……雨期の間は見えなかったけれど、こんな風になっていたんだ」
東にはマチャプチャレ峰、西にはヒウンチュリ峰がそびえ立っている。どちらも六千メートル級の峰だ。ついこの間まで雨期だったために、氷雪が積もっていて真っ白に輝いている。
雨期に通った時は、この絶壁から大小たくさんの滝が流れ落ちていたのだったが、今はかなり本数が少なくなっていた。
一方で、道端の草や灌木は、冬支度を始めたようで、落葉したり紅葉や黄葉したりしている。枯れ始めた草もあった。
思わずスマホを取り出して、風景写真を撮り始めたゴパルであったが、数枚撮るだけに留めた。スマホをポケットに再び突っ込んで、岩だらけの山道を登っていく。
「観光してたら、また夜になっちゃうよね。我慢、我慢っと」




