ガンドルン
ガンドルンでは、アンナプルナ保護地域の管理事務所本部に顔を出すゴパルであった。
事前にクシュ教授から訪問すると連絡を受けていたようで、事務所長が出てきた。それでもまだ面倒臭そうな表情のままだが。
「わざわざ来るとは殊勝な心掛けですね。アンナプルナベースキャンプでの低温蔵建設と、それに地元の強力隊や運送会社、それに建設作業員を雇うという話は聞いています。くれぐれも事故や騒動を起こさないようにしてくださいよ」
今回はチヤが出されたので、ありがたく頂戴するゴパルだ。
「はい。低温蔵が稼働した際には、できるだけ地元の雇用を優先するつもりです」
そんな事は当然だろう、という表情をする事務所長であった。次の要件が入ったのだろうか、スマホ画面を見てゴパルに背を向けた。
「では、私はこれで。事業の成功を祈っていますよ」
ゴパルも先を急ぐので、チヤを飲み干してからすぐに事務所を出た。
近くでニジマス料理を出す食堂の前を通りかかったので、迷わずに店の中へ入っていく。
「先は急ぎたいけれど、腹ごしらえはもっと大事だからね。茶店のオヤジさんの忠告に従おう」
ここは前回も利用した店で、グルン族の伝統的な家を改装して食堂にしている。
隣にはニジマスの養殖池もあるので、客がニジマスを選んで調理してもらう事も可能だ。看板にはレストランと表記されているが、やはりどうみても食堂にしか見えない。
店内の席は、半分ほどが欧米からの観光客で埋まっていて忙しそうだった。しかしゴパルが入店すると、早速、現地のグルン族の娘さんが注文を聞きにやって来た。
ゴパルの顔を見て、ニンマリと笑った。
「あ、クズ野菜を買い漁った学者先生だ。いらっしゃいませー」
ゴパルが両目を閉じて頭をかいた。さすが村社会である。
行動には気をつけないといけないなあ、と思いつつ、この給仕スタッフに挨拶して、注文を頼んだ。
「また来ましたよ。ここの飯は美味しいですね。今回も、ニジマスの香辛料煮込みと、串焼きを一つ頼みます」
給仕スタッフの娘さんが、ニッコリと笑った。丸顔で一重まぶたなので、山に入ったなあという実感を覚えるゴパルだ。
「かしこまりましたー。すぐできますんでチャイ、ちょっと待っててくださいナ」
注文が通ったので、とりあえず食堂から外の景色を眺める。アンナプルナ連峰とマチャプチャレ峰は、どちらも真っ白い雲に包まれていて見えないままだ。
さらに、ガンドルンを出てすぐの下り坂と、それに続く上り坂を見て、大きなため息をついた。
「この期に及んでも、なお見えないか。ポカラへ戻ったら、寺院へもう一度、お参りに行こうかな」




