ハウスの中
ハウスの中は、土の床面に、コンパネが立てかけられていて、区分けがされていた。一つの区画は、縦横奥ともに一メートルなので、一立方メートルの体積になる。
コンパネとはコンクリートパネルの略称で、建築時にコンクリート壁や床等を作る際に使う、木製の型枠だ。建築が終わると不要になるので、こうして引き取って再利用している。
全区画の半分では、ほぼ土のような状態になった堆肥がある。残り半分の区画では、新たに材料を積み込んで堆肥を作成中だ。植物質材料で作った堆肥に特有の、キノコやカビの臭いと、草が萎れた際に発する、気だるい臭いとが、ハウス内に満ちていた。
カルパナが、ハウスの壁面ビニールシートを巻き上げて、換気を行いながら、ゴパルに説明を始める。
「一般的な作り方なのですが……ええと、ですね」
堆肥一立方メートルを作る際に、使用している材料は次のような物だった。
畑の土を二十キログラム。雑草や落ち葉、収穫残渣が一立方メートル以上。カルパナによると、おおよそ十五平方メートル分の畑や、草地の量に相当するらしい。加えて乾燥鶏糞を二十キログラム、油カスを一・五キログラム、骨粉三キログラムを用意する。肥料を多く消費する作物には、少量の豚糞も使用するらしい。
これらの材料を、少量ずつ分けて、コンパネ枠内にサンドイッチ状に積み込んでいく。積み込む際には、水をかけながら、足で踏み固める。
「気温が下がり始めるアソーズ月に、堆肥作りを本格化します。暑期や雨期では、腐敗して失敗する事がありますので」
アソーズ月は、ネパール暦の月だ。西洋の太陽暦の九月中旬から十月中旬に該当する。
「積み込んでから、様子を見て、一から三週間後に切り返します。その後は、熱が上がり過ぎたら、切り返す程度ですね。半年後に完成します。見ての通り、ボロボロの土のような感じですね」
切り返すとは、積み込んだ堆肥材料を、スコップ等を使って、別の区画へ積み込み直す作業の事だ。堆肥化を均一にして、反応を促進させる目的がある。
ゴパルが土状の堆肥を手で持って、臭いを嗅いだ。
「良く腐熟していますね。良質の堆肥ですよ。ですが、雨の多いポカラでは、大量生産は難しいでしょう。時間も半年間かかるとなると、生産ラインの回転率が上がりませんよね」
カルパナがゴパルの指摘を聞いて、大きくうなずいた。
「そうなんですよね。ラビン協会長さんや、サビーナさんの要求に応えられません。私が加わっている、有機農業団体にも相談しているのですが、良い打開策がなかなか見つかりません」
ゴパルが垂れ目を閉じて、頭をかいた。
「うーん……私も、ただの大学助手ですからね。ここまでやって来たのに、何も助言できず、申し訳ありません。ですが……」
手を頭から下ろして、黒褐色の瞳をカルパナに向けた。
「ですが、KLを使えば、堆肥作成の期間短縮と、悪臭やハエ問題は、改善できると思います。それと、恐らく、肥効も良くなるはずですよ」
肥効とは、堆肥や肥料の効き具合の事だが、数値化されない感覚的な変化を指す事が多い。
カルパナが気楽な表情になって微笑んだ。
「そうですね。期待しています。実際の所は、まだ半信半疑ですけれどね」
ゴパルも口元を緩めた。
「それで良いと思いますよ。KLって、ただの土着微生物群ですし。使い方を工夫しないと、効果が上がらないものです」
カルパナが、ハウスの壁面シートを再び巻き下ろしていく。換気終了だ。
「有機農業にも、色々あるのですが……私の手法は、ご覧の通り、肥料や堆肥を積極的に使うものです。ここポカラは、雨が多いせいなのか、痩せた土地が多いので」
シートの巻き下ろしを終えて、簡易ロックをする。突風で巻き上がらないようにするためだろう。
「有機農業者の中には、堆肥も肥料も使わない、自然流の栽培を行っている人達が多いのですよ。彼らから見れば、私の手法は邪道なのでしょうね」
ハウスの外に出ると、また小雨が降り始めていた。
カルパナが、ハウスの引き戸を引っ張って閉じ、ゴパルに礼を述べた。
「こんな泥道の中、私の拙い堆肥を見てくださって、ありがとうございました。アンナプルナ内院からの、無事の帰還を待っていますね」
ゴパルが傘を開いて、雨雲に隠れたままの山の尾根筋を見上げた。
「大雪になっていたら、無理をせずに、さっさとポカラへ逃げ戻ってきますよ」