ルネサンスホテルの前
翌日の朝、カルパナのバイクで、ナヤプルまで送ってもらう事になったゴパルであった。
リュックサックに必要な機材や衣類等を詰め込んだゴパルが、ホテルまで出迎えてくれたカルパナに礼を述べた。
「朝早くから、ありがとうございます。タクシーで行こうかと考えていたのですが、観光シーズンなのですね。事前予約が必要だと言われて、断られてしまいました」
カルパナがゴパルにヘルメットを手渡して、軽く肩をすくめて微笑んだ。
「インド人観光客と違って、欧米人観光客は自家用車でネパールへ来ません。移動にはタクシーを使っていますね。今はタクシーでジョムソンまで行けますので、予約は必要ですよ。私達地元民でも、この時期はタクシーが確保できなくて苦労します」
ジョムソンは、アンナプルナ連峰の北側にあるチベット系民族の町だ。
国内線の空港もあるのだが、世界有数の危険度で有名である。特に雨期直前の五月は、避けた方が良いだろう。そのため、陸路で向かう観光客が多い。
ゴパルが頭をかいて反省している。
「そうですね。首都の感覚でタクシーを頼んでしまいました。今後は、バスを使った方が良さそうですね」
カルパナがちょっと考える仕草をした。バイクのエンジンを点火させて、見送りにホテルの外へ出てきた協会長を呼び寄せた。
「ラビン協会長さん。ゴパル先生の交通手段ですが、何か良い案はありませんか? これから、ポカラとアンナキャンプとを何度も行き来する事になりますから、確実な手段があると助かります」
どうやら、ゴパルを何度もポカラへ呼びつける気満々の様子である。
協会長が改めてゴパルとカルパナに挨拶をしてから、同じように少しの間考える仕草をした。
「ポカラ観光協会が出資している小型四駆便があります。ポカラとジョムソン間を往復するサービスですが、その運行表をゴパル先生に後で送信いたしましょう」
協会長がゴパルに微笑んだ。
「ナヤプルにも停車しますので、その際に乗り込んで利用すれば良いと思いますよ」
ゴパルが協会長に礼を述べてから、一つ聞いてみた。
「ありがとうございます。その小型四駆便というのは、ディワシュさんも関わっていますか?」
協会長が残念そうに片手を振った。彼はいつものスーツ姿に黒い革靴だ。
「いいえ。ディワシュさんは、別の運送会社の社長ですね。私どもが出資しているのはダムサイドに本社がある、アンバル運送です。社長はアンバル・グルンさんですよ」
ゴパルが名前を聞いて思い出した。
「あ、スーパー南京虫騒動の時に、ディワシュさんの車を修理した方ですね。明るい性格の人だなあという記憶があります」
協会長が穏やかに微笑んだ。
「退役グルカ兵で、軍の輸送を担当していた方です。運転の腕は確かなものですよ。軍ではエンジン車から、電気や燃料電池車に切り替えましたから、若くしての退役となっています」
彼が述べた軍というのは、恐らくは英国軍の事だろう。もしくは欧州連合軍か。ネパール軍も順次切り替えているらしい。
ゴパルは軍にあまり興味が無いので、さらっと聞き流した。
「前日に席を予約するという事が可能でしたら、とても助かります。それと、運賃も割引回数券なんかが使えると、とてもとても助かります」
協会長がにこやかにうなずいた。
「かしこまりました、ゴパル先生のご要望に沿うように工夫いたしましょう」
そして、話題を変えた。
「ホテルの厨房で行っている生ゴミボカシですが、上手く行っているそうですね。サビーナさんやギリラズさんから聞きました」
ゴパルが頭をかきながら頬を緩めた。
「私は助言しただけですよ。ギリラズ給仕長さんの手際が見事でした。もうしばらくの間、様子を見てからの評価になりますね。多分、少しの修正を加える程度になると思いますよ」
協会長が白髪交じりの短い眉を寛がせて、一重まぶたの黒い瞳をキラリと輝かせた。
「そうですか。朗報ですね。では、量産化に向けて検討を開始しましょう。機械化ですから、ポカラ工業大学とも連携を取る必要がありますね」
ゴパルが垂れ目を細めた。
「ゴミ問題が、少しでも緩和すると良いですね」




