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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
肥料も色々あるよね編
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クチナシ染料

 チャパコットのハウス棟の最上段では、スバシュが既に陣頭指揮を執って、クチナシ染料の抽出作業を開始していた。ここはフクロタケ栽培の実験場所でもある。

 息を切らして坂道を上ってきたカルパナとゴパルが、遅れた事をスバシュに謝った。しかし、反対にスバシュが合掌して謝り返してきた。

 キョトンとしているカルパナとゴパルに、スバシュが説明した。

「ついさっき、サビーナさんからクチナシ染料の搬入時刻を通達されてしまいまして……」

 なるほど、『通達』か……と妙に納得するゴパルだ。スバシュが恐縮しながら話を続けた。

「ディナーで使うデザートの着色料に使うそうでして、止むを得ず、カルパナ様とゴパル先生が来る前に開始してしまいました。撮影する予定だったのですよね、すいません」

 カルパナがゴパルと視線を交わしてから、スバシュに微笑みかけた。

「私が時間管理を怠ったのが原因ですから、スバシュさんのせいではありませんよ。サビちゃんの仕事の支障にならないように、始めてくれた事に礼を述べます」

 そして、ポケットからスマホを取り出して撮影準備を始めた。

「では、作業を再開してください」


 スバシュがクチナシ染料の抽出作業に戻っていくのを見守りながら、ゴパルがカルパナに聞いた。

「カルパナさん。今撮影しているのは、ホテル協会のポータルサイトで使うためですか?」

 カルパナが撮影を続けながら、素直にうなずいた。

「はい、そうですよ。撮影した動画ファイルを、後でレカちゃんに渡します」

 ゴパルが、先日のレカの言動を思い出して納得した。

(レカさんって、動画編集まで担当しているのか。大変だな。そりゃあ、オリーブ園の収穫作業に駆り出されたら、文句を言うよね)


 クチナシの実から黄色い染料を抽出する作業は、おおよそ次のような手順である。

 天日乾燥したクチナシの実を、たっぷりの水を入れた土器のような大鍋に入れて煮る。金属製の鍋を使うと、色が変わってしまう恐れがあるためだ。

 土器鍋は金属製の鍋と比べると湯が沸きにくいので、スバシュが早めに作業を開始したのだろう。

 沸騰すれば保温効果が高いので、薪の投入量も減る。クチナシの実を十五分間ほど煮てから取り出し、得た煮汁を布ろ過して一番汁を搾る。

 この作業は熱いので、モッツァレラチーズ作りと同様に、耐熱グローブをしている。

 クチナシの実を再び土器鍋に入れて、棒で押し潰す。押し潰した後、水を入れて沸騰させ、十五分間煮出す。それで出来た煮汁を、再び布ろ過して二番汁を搾る。


 ゴパルが、それぞれの煮汁を見比べて感心した。

「へえ。色合いが違うのですね。これをブレンドして着色をするのですか?」

 カルパナが撮影を続けながら、穏やかにうなずいた。

 上昇気流が起きているようで、下に広がるフェワ湖から風が吹き上がってきている。カルパナの癖のある黒髪が、フワリと舞い上がって大きく揺れた。

「はい。香りも少し異なりますよ。パメの家に滞在する巡礼者の方々には、寒天をこれで染めたりして、お菓子を作って出します」


 ゼラチンを使ったゼリーは、豚由来や牛由来だったりする事があるので、不浄扱いを受けてしまう。植物由来のゼラチンもあるのだが、食べても区別できない人がほとんだだ。

 そのため、海藻由来とはっきりしている寒天に人気が集まる、らしい。

 パメの家では、黄色く染めた寒天で、オレンジやミカン、パパイヤやバナナ、それにパイナップルやリンゴ、桃等の果肉を混ぜ込んでデザートとして供しているという事だった。


 カルパナがゴパルに謝った。

「すいません、ゴパル先生。まだ、食べた事が無かったですね。スプレー事故や、忌の日と重なってばかりでした」

 ゴパルが両目を閉じて呻いた。走馬灯のように記憶が蘇ってくる。

 それらを頭の中で振り切って、両目を開けた。それでも口の端が、少々引きつっているようだが。

「楽しみは、後にとっておきましょう。私は酒飲みですが、甘党でもありますので果物も平気ですよ」


 スバシュが作業員に命じて、抽出された二種類の黄色い染料を、サビーナとパメの家に運ぶように命じた。

 作業員達は手慣れた様子で、染料が入った耐熱プラスチック製の密閉容器を運び出して、坂を足早に下りていく。

 彼らの後ろ姿を見送ったスバシュが、一息ついてゴパルに顔を向けた。

「お待たせしました、ゴパル先生。フクロタケの様子を判断してください」

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