受講生
カルパナが、三十代半ばくらいの男から、一枚の紙を受け取った。それを見て、慌ててゴパルに紙を手渡す。
「す、すいません、ゴパル先生。今回の講習会に参加した人達の名簿です」
ゴパルも頭をかいて、紙を受け取った。
「これは、わざわざありがとうございます。私も、あまり講習会を行った経験が無いもので、いきなり講習を始めてしまいましたね。すいません。ええと……」
紙に印された名前を読み上げる。
「まずは、ラビン協会長さんとカルパナさんですね。今回の講習会の準備をしてくださって、ありがとうございます」
協会長が三つ目の黄色い液体の臭いを嗅ぎ終わって、一重まぶたの黒い瞳を、好奇心の光で輝かせた。
「どういたしまして、ゴパル先生。改めて自己紹介をしますと、私はラビン・シェルチャンです。実家はジョムソンになります」
カルパナが、弟にチヤを用意するように頼みながら、ゴパルに会釈した。
「お気遣いなく、ゴパル先生。私はカルパナ・バッタライです。実家はパメの集落を含めた、周辺地域の地主ですね。ええと、では、私が他の人達を紹介しましょう」
最初に、カルパナが先程ドヤ顔をしていた二十代後半の女に、手の先を向けた。まるで、百貨店の服飾店の店員がするような所作だ。
「彼女はサビーナ・タパさん。ポカラのホテル協会の料理指導をしています。専門はフランス料理ですが、イタリアの家庭料理や、ピザ作りの指導もしていますよ。実家はポカラの西にあるマレパタン地区で、私の幼馴染です」
サビーナがゴパルに合掌して挨拶をした。やはり今も少々ドヤ顔である。
二重まぶたでパッチリした黒褐色の瞳だが、カルパナとは違って吊り目気味だ。眉は同じように細く、黒髪のショートなので、美男子のようにも見える。身長は、カルパナと同じく、百六十センチくらいだろうか。ゴパルよりも十センチほど低い。ただ、ゴパルと違って、カルパナとサビーナは、かなり引き締まった体をしているが。
「よろしく。今晩もディナーの予約があるから、あまり長居はできないのよ。手早く講習を済ませてくれると助かるわ」
意外に低い声なので、これにも内心驚くゴパルであった。
続いてカルパナが、カメラ付きのスマホを持って、講習会の様子を撮影している女に、手の先を向けた。彼女はカルパナと同じく、二十代前半の年頃のようだ。
「彼女はレカ・シュレスタさん。ポカラの郊外、リテパニで酪農業をしています。水牛や牛に山羊まで飼っていて、その乳製品は評判が良いんですよ。今回の糖蜜の手配や、タンクの配線も彼女に担当してもらっています」
レカが撮影を続けながら、空いている左手をパタパタと力なく振った。
彼女も二重まぶたで、細くてやや垂れ目なのだが、その黒褐色の瞳は眠そうだ。細く長い眉が、額の上にふんわりと乗っていて、弱い癖のある黒髪がかかっている。
髪は肩先まで伸ばしていて、毛先がフワフワと揺れる。身長は参加者の中で一番低く、百五十五センチくらいだろうか。カルパナやサビーナと違い、運動をあまりしていないような体型だ。パタパタ振っている指も細い。
「よろ~。ゴパルせんせー」
ダウナー系の言動に、親近感を覚えるゴパルである。研究職には、この手の性格の連中が結構多いのだ。
協会長が、レカについて追加紹介をしてくれた。
「レカさんは、ホテル協会のポータルサイトの管理運営を、手伝っていただいています」
今度は感心するゴパルであった。あのポータルサイトは、毎日更新するコンテンツや、動画等が多い。当然、そのような管理を一人でできる訳は無いのだが、管理メンバーの一員だったとは。しかも、酪農業の合間の副業である。
カルパナが、次に二人の男達を紹介した。彼女の弟は、店頭に戻っていて、倉庫には居なかった。
「こちらは、カルパナ種苗店のビシュヌ・カルキ番頭です。私が店主なのですが、農地を駆け回っていて、店を留守にする事が多いですね。結局、彼に実質的な店の経営を任せています」
身長は百五十五センチほどで、レカよりも少し背が高いくらいだろうか。黒褐色の短髪と、日焼けして濃い小麦色の顔との印象が強い。レカとは違い、骨太でがっしりした体型だ。
その彼が、整った太い眉を揃えて、切れ長で二重まぶたの、黒い瞳の目を伏せた。年齢は三十代半ばであるようだ。
「ビシュヌです。カルパナ店主と種苗店を、よろしくお願いいたします」
落ち着いた雰囲気の低い声で、軽く合掌してゴパルに挨拶した。協会長とは、先程から知己のような振舞いをしている。
カルパナが最後に若い男を紹介した。といっても、三十代前半のようだが。
「彼もカルパナ種苗店の店員で、スバシュ・ハマルです。ここから近くのナウダンダで、ビニールハウス温室の管理をしています。主に花卉栽培の担当ですね」
彼の身長は、ゴパルよりも少し低い百六十五センチくらいだ。野外作業を毎日している様子で、日焼けした手足は、太く大きく筋肉質である。癖のある黒髪が、肩先でヘロヘロと揺れている。
「よろしくお願いします、ゴパル先生」
スバシュが合掌して挨拶した。への字型の眉の下の、やや吊り目の黒い瞳が、理知的な光を帯びている。
全員の名前を顔を、憶えきれるかな……と不安になるゴパルであった。
(動画を撮影しているから、後でコピーをもらっておこう)
「丁寧な紹介を感謝します。私はゴパル・スヌワール。実家はカトマンズ盆地の外、東にある山間地のカブレです。今は、引っ越してバクタプール市内で暮らしています」
糖蜜を煮沸した大鍋に触れて、ある程度冷めた事を確認する。
「糖蜜も冷めてきましたね。では、講習の続きを始めましょうか」




