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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
氷河には氷があるよね編
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講習会

 講習会の場所は、店の奥の倉庫だった。鎌や、ドッコと呼ばれる背負いかご、ナングロと呼ばれる竹のザル、柄の短いネパール式のくわ、農業用のビニールシート、プラスチック製のトンネル支柱、有機肥料が詰められた二十から二十五キログラム入りの麻袋等が、整然と置かれている。

 その一角を掃除して、二百リットルタンクが置かれていた。そのタンクのそばには、野外用ガスコンロがあり、大鍋が乗っている。一人の女が、スマホで撮影を始めた。眠そうな顔をしているが、撮影には支障なさそうだ。

 タクシーのトランクルームから三個の段ボール箱を、倉庫に運び入れたゴパルが、タンクの水温を測った。米の洗い水である。

「三十度ですね。塩素臭もしていないし、上出来です」


 そして、大鍋の中で弱火で煮込まれている糖蜜に視線を向けた。カルパナが真面目な表情で、ゴパルに説明する。

「糖蜜は、比重一・四で、ブリックスは七十です。ゴミを網で濾してから、二回煮沸しました。吹きこぼれが起きやすいのですね」

 ゴパルが満足そうにうなずく。

「良い品質の糖蜜が手に入りましたね。良かったです。では、火を止めて冷ましましょうか」

 ゴパルが野外用コンロに直結している、ガスボンベのバルブを閉めた。火が消えて、糖蜜の沸騰が止まる。ミルクチョコレート色でクリーム状の泡が消えていく。


 次にゴパルが三つ全ての段ボール箱を破いて、中に入っていたビニール製の容器を取り出した。慎重にフタを開ける。

「種菌です。品質の確認方法は、機材が無いと難しいので、色と臭いで判別してください」

 確かに三つそれぞれの色が異なる。深紅色と橙色、それに透明で薄い黄色の液体だ。


 まず最初にカルパナが三つの液体の臭いをかいだ。深紅色の液体の臭いを嗅いだ時に、細い眉をひそめる。

 ゴパルが申しわけなさそうに謝った。

「すいません、カルパナさん。その赤いのは光合成細菌です。それに酵母菌等が加わっています。弱いアンモニア臭と、焦げたような臭いがするかと思います。その臭いを覚えておいてください。雑菌が繁殖して腐ってしまうと、糞尿臭に変わります」

 次にカルパナが嗅いだのは、橙色の液体だった。こちらは馴染みがある香りだったようだ。少しほっとしている。ゴパルが解説した。

「それは乳酸菌ですね。同じように酵母菌や酢酸菌等が加わっています。ヨーグルト作りで良く知られている菌ですね。その中でも、酸に強い菌を集めています。香りは、酵母と酢酸菌によるものです。腐ってしまうと、ドブの臭いに変わります」

 最後に透明な黄色い液体を嗅ぐカルパナ。思わず首をかしげてゴパルを見た。

「これは臭いが無いですね。かすかにカビの臭いがする程度です」

 ゴパルが肯定した。

「そうですね。それには主に、カビの胞子が溶け込んでいます。他には膜の厚い酵母菌や、納豆菌等も加わっています。これは腐りにくいですね」


 他の参加者も、順番に臭いを嗅ぎ始めた。その様子を見ながら、ゴパルが補足説明をする。

「有効期限は半年間ですが、菌の活性が高いのは最初の一か月間だけです。ですので、取り置きは避けた方が良いでしょうね。必要に応じて種菌を注文して、その都度、培養するのを推奨します」

 それと……と、ゴパルが種菌を見つめた。

「今回は、三つの種菌を全て混ぜて培養液を造りますが、実際に菌数が増えるのは橙色の種菌だけです。他の種菌は、休眠状態を続けたり、乳酸菌で殺菌されたりします。でも、三つ共に使わないと、良い培養液に仕上がらないのですよ。理由は不明です」

 カルパナが微笑んだ。

「有機農業でも、理由不明の事態がよく起きますよ。自然というのは、そういうものなのでしょうね」

 ゴパルが恐縮して、カルパナに礼を述べた。

「ありがとうございます。光合成細菌が主体の深紅色の種菌の、個別培養方法もあります。天気と相談なのですが、後で検討してみますね」

 最後にゴパルが、黄色で透明な種菌を見つめた。

「黄色の種菌は、これ単独で使用する機会が無いので、個別培養は止めておきます。これを培養すると、アンモニアガスが発生するので、ガスを吸って中毒症状になる恐れがあるのですよ」

 レカがアンモニアと聞いて、ピクリと反応した。隣のサビーナにボソボソと耳打ちする。サビーナが苦笑して、ゴパルに伝言を伝える。

「レカっちがね、アンモニアガスはヤバイって言ってるわ。でも、ポカラ工業大学のスルヤ先生が、発電や燃料に使う研究をしてるって。使い方次第って事なのでしょうね」

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