電話 その一
その時、ゴパルのスマホに電話がかかってきた。キーボードから手を離してスマホを取る。画面の表示を見て、ジト目をさらに深めるゴパルであった。
ラメシュに目配せをしてから一呼吸おき、返事をする。
「クシュ教授、どうかしましたか?」
ラメシュ達も一斉におとなしくなり、黙々と作業を続けだした。
代わりに電話口から、クシュ教授の愉快そうに笑う声が、ゴパルの耳に届いてくる。
「魚が美味いぞ、ゴパル助手。バングラさいこー。酒は無いけど」
思わず反射的に電話を切ろうとしたゴパルであったが、何とか通話を続ける。
「……で、本題を聞いてもよろしいでしょうか、クシュ教授。今、研究室内の機器のプログラム修正をやっていまして、冗談を言う余裕がありません」
とたんに、大きなため息をつくクシュ教授。
「やれやれ……そんな厄介な機械は、窓から捨ててしまいなさい。人間様の役に立つために造られた機械が、役に立たないならば、それは存在価値など無いと思わないかね? ゴパル助手」
さすがにゴパルがジト目のままで苦笑した。その拍子に、プログラムコードを打ち間違えて、渋々打ち直す。
「そんな事をしたら、研究できなくなってしまいますよ。先日も、バクタプール酒造のカマル社長から、うちの専用酵母に期待していると聞いたばかりなんですよ」
クシュ教授が唸った。
「ぐぬぬ……だからネワール族は嫌いなんだ。どいつもこいつも、からめ手が上手すぎる」
「いやいやいや……クシュ教授もネワール族でしょ。同族嫌悪してどうするんですか。あ、キーを打ち間違えた」
これが決定的にクシュ教授の気に障ったようである。指を鳴らした音が、ゴパルの耳に届いた。
「じゃ、僕はこれで。ダサイン大祭の前には帰国できるように努力するからよろしく。なかなか面白いエリンギ品種が見つかってね。ではまた、ゴパル助手」
それっきり電話を一方的に切ってしまった。がくりとパソコン画面の前でうなだれるゴパルである。
「もう、からかうために国際電話かけてくるなって。うげ、またソースコードに不備がががが」
クシュ教授の声が聞こえなくなったので、再び活気づくラメシュ達三人の博士課程である。特に、ラメシュは浮かれている様子だ。
「新種のエリンギかあ。僕も見てみたいなあ」
ゴパルが、ほのぼのした視線を浮かれているラメシュに向けた。
(研究者向けの性格してるよねえ。キノコ狂いというか、何というか。あ、そういえば、食用ランの情報をクシュ教授から聞くのを忘れてた。後でメールしておくか)




