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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
氷河には氷があるよね編
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ビンダバシニ寺院

 この寺院はポカラ市の北部にあり、西側にはサランコットの高い丘が迫っている。寺院は低い丘の上に建っていて、周辺には多くの民家がある。参拝する際に必要になる供物や花等は、丘の麓の店で売られているので、それらを買っていく。

 この丘の頂上までは、百段ほどの階段を上れば到着できる。雨が降っているのだが、それでも参拝客で賑わっていた。欧米や日本からの観光客の姿も見られる。丘の上には、多くの白い塔が建ち並び、ドゥルガ神以外の神様も祀っているので、それを参拝する人も多い。

 雨なので、修験者の姿は見られなかった。乞食も休業している者が多そうで、人数が少ない。雨に濡れて風邪をひいては、元も子も無いのだろう。


 ゴパルも他の参拝者に混じって、ドゥルガ神本殿の前で供物と花を捧げ、ヒンズー教の作法に則って祈った。

 本殿の周囲には、数名のヒンズー教司祭(禰宜ねぎとも訳される)であるパンディットが居て、参拝者から喜捨を受け取って、色々と便宜を図っていた。非常に簡素な白装束で、肩には白い聖紐をたすき掛けに一本かけている。短髪の坊主頭や、丸刈り頭の司祭は、脳天の髪だけを少し伸ばしているのが特徴だ。

 参拝客が多く、ゴパルにまで手が回らない様子だったので、仕方なく一人で参拝を終えた。路面は雨に洗い流されているのだが、血の残り香がする。朝に、家畜の生贄を神に捧げたのだろう。

「鶏の血ではなさそうだな。山羊かな」

 ゴパルがつぶやくと、隣で参拝を終えたばかりの初老の男が肯定した。

「いかにも。ポカラの土地神様を祀っておるのでな。毎週二回、生贄を欠かさず捧げておるよ」

 この雨の中でジョギングでもしていたのか、登山用のレインスーツを着ている。ただ、カルパナが着ていた物よりも、ファッション性を重視した仕様のようだが。ジョギング靴にも防水加工が施されている。

 その割には、見事な太鼓腹である。二重まぶたの褐色瞳の上には、ほとんどつながっている細い一本眉が走り、それがレインスーツのフードの奥で、自己主張をしている。身長は百五十五センチほどだが、かなり偉そうに胸と太鼓腹を張った。

 何となく、クシュ教授に似ているなあ、と思うゴパルである。こちらの彼は、ネワール族のクシュ教授と違い、北部インド人顔で、顔も色黒だが。その分、白髪がよく目立っている。


 ゴパルが雨傘を、この初老の太鼓腹男にもかけた。参拝客が多いので、隅の方へ移動する。

「ここの寺院の関係者ですか? 雨の中、ご苦労様です」

 太鼓腹男が、口を大きく開けてニヤリと笑った。


挿絵(By みてみん)


「いや。ワシはポカラ出身ではないよ。南から移住してきた開業医だ。君も見た所、そのようだね。旅の人かな? 多くの観光客は、フェワ湖の島に建つタルバラヒ寺院へ、船で向かうんだが、こちらの寺院へ来たか」

 そして、北の雨空を見上げた。今も分厚い雨雲で、緑の森に覆われた山々が覆われている。

「晴れていれば、ここからアンナプルナ連峰の、マチャプチャレ峰が拝めるのだがね。今は無理だな。残念だったね、旅の人」

 ゴパルも北の空に顔を向けて、軽く肩をすくめる。

「仕事で来ていますから、仕方がないですね。次回に期待しますよ」


 そして、簡単に今回の仕事の内容を話した。低温蔵の建設だけではなく、KLの培養と試験使用についても話しているゴパルだ。どちらも、まだ確定では無いのだが。

「……という訳なのですよ。晴れてくれとは言いませんが、土砂崩れだけは勘弁してもらいたいものです」

 太鼓腹男が、興味深そうな表情になってゴパルを見つめた。額の白髪の先が、細い一本眉毛と共に、意味深に動いている。

「ほう。面白い試みだな。確かに、ワシの病院でも停電や燃料不足には、頭を悩ませておるよ。貴重な微生物や酵素の保管としては、永久凍土や氷河を活用するのは良いだろう。それに、地元産の食い物が、美味くなりそうなら、さらに良いな」

 そして、ゴパルの背中をバンと叩いた。思わず咳き込むゴパルである。

「アンナプルナ連峰に入って、体調が悪くなったら、ワシの病院に来ると良い。これも何かの縁だ。ちょっとだけ割引してあげよう。今の時期は、細菌性の下痢に注意だな。他には、吸血ヒルか。咬み傷から破傷風菌なんかが入り込んで、感染する恐れがある。山歩きでは気を付ける事だ。民宿では、マダニと南京虫に注意だな」

 ゴパルが素直に感謝した。

「ご忠告ありがとうございます。私は首都のバクタプール大学で助手をしている、ゴパル・スヌワールです」

 太鼓腹男が、口を大きく開けてニヤリと笑った。

「ワシは、ポカラの新通りで医者をしている、アバヤカント・チョウドリーだ。アバヤと呼ばれておる。ラビン協会長がオーナーをしている、ルネサンスホテルのレストランを、よく利用しておるよ。また会う事もあろうな」


 人口三十万のポカラって、意外と狭い街なのかな……と、思うゴパルだ。アバヤ医師もスマホを持っていたので、連絡先を交換する。

 アバヤ医師がニンマリと笑った。

「分別を以って行動するようにな。そうだ、せっかくだから、もう一つの寺院も詣でておきなさい。ポカラの北東にある、バドラカーリー寺院だ。ここのドゥルガ様の、もう一つの顔を知っておく事も良かろう」

 ゴパルがスマホを取り出して、時間を確認し、素直に従う事にする。

「そうですね。まだ夕方までには時間がありますし、行ってみます」

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