バイクに乗って
翌日は、カブレ町へ帰省するために、早朝からバイクの二人乗りでバラジュを出立した。やはり、徐々に交通量がダサイン大祭に向けて増えている様子で、路上に停車しているトラックやバスの数が多い。
トラックの荷台には、数十頭のインド産や国産の山羊が積まれている。山羊が積まれているのかどうかは、近くを通るだけで否応なく分かる。山羊特有の獣臭さが、トラックの周囲に漂っているためだ。
ケダルが悪態を吐くのを聞きながら、ゴパルも口をへの字に曲げている。
「ま、でも、こうして嗅ぎ分けると、インド産と国産とでは臭いも少し異なるねえ」
トラックの中には、インド産の赤い小さめのリンゴを積んだものも見られた。こちらからは、リンゴの良い香りが漂ってきている。
国産のリンゴは、インド産よりも倍くらいの大きさだ。しかし、国産は赤くないリンゴが多い。
バイクを運転しているケダルが、フルフェイスのヘルメットの中で再び悪態をついた。簡易無線機をヘルメットの中に入れているので、ケダルとゴパルは楽に会話ができている。
「未熟なままで出荷してきても、酸っぱくて不味いだけなんだがなあ。インド産は熟し過ぎてボケボケになって不味いし。どうにかならねえか、大学のゴパル助手先生」
ゴパルも、リンゴの山を後部座席から眺めて、ため息をついた。
「完熟リンゴだと、陸送する間に悪路で潰れてしまうんだよ、ケダル兄さん。ポカラからトマトを運んだ際も、かなり潰れてしまったし。商売する上では、青いままの固い未熟リンゴで出荷するしかないよ」
なおも文句を垂れるケダルに、ゴパルが話を続けた。
「インド産リンゴは、小さい品種だから完熟果でも陸送に耐えるんだけど、時間がかかり過ぎてボケてしまっているよね」
ゴパルもケダルも、リンゴはあまり好きでは無い。理由は、インド産も国産も不味いためだ。
そのような話を、無線通信でやり取りしながら、バクタプール市の南端を西に向けて走り抜けていく。ケダルがゴパルに聞いた。
「で、ワイン園へ遊びに行くのは、明日にしたんだよな? 美味いワインがあったら、何本か買っておいてくれ。家でも飲むし、会社の接待でも使えるからな」
ここでケダルが少し考えた。
「トマトソースや、チーズを使ったピザと相性が良さそうな安いワインがあれば、ぜひ買っておいてくれ」
ゴパルが両目を閉じて、小さく呻いた。さすが二百五十CC級のバイクなので、加速度が強い。
「ケダル兄さん、まだ新酒仕込みには早いよ。去年仕込んだワインも、まだ熟成途中で出荷されないし。それに、遊びじゃなくて、ちゃんとした仕事だからね」
バクタプール市を通り過ぎると、田舎の風景が広がり始めた。ただ、幹線道路沿いには、鉄筋コンクリート造りの三階建て、四階建ての、住居と店との複合施設が、いくつも建ち並んでいる。
幹線道路も曲がりくねり、丘が増え始めてきた。しかし、それでも交差点を囲むように発展した町の規模は、ポカラ市街の半分ほどもあるものばかりである。
(レカナート市って、やっぱり田舎町の規模でしかないよねえ……)
そのような事を考えていると、ついにカトマンズ盆地の東端に到着した。その向こう側は、いきなりの崖になっていて、百メートル以上もの落差がある。
崖の底には、赤土や黄土の大地が盆地状に広がっており、小さな町や集落が、盆地内や山の斜面に点在しているのが見渡せた。
その一点を、バイクを走らせながらケダルが指さした。盆地の一角にちょっとした規模の町がある。
「見えたな、アレがカブレ町だ。ゴパルは一年ぶりになるか?」
ゴパルもケダルが指さした街を、後部座席から眺めて、垂れ目を細めた。
「そうだね、ケダル兄さん。久しぶりだなあ。菌の採集旅行では、なかなか立ち寄る機会が無いんだよ」




